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Lost Inside―取り戻せない日々―  作者: 古見理英
17/23

アルコール

 その日の帰り道、突然吐き気を催した私は、駅の公衆トイレでハンバーグを便器にぶちまけてしまった。

 味もわからなかったうえに栄養補給にすらならなかったのか思うと、作った人に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 電車の時間まで十五分ほど余裕があった。ホームで待つには少し寒かったので、コンビニの中へ入った。頭の中では友人達の言葉が何度も何度も反響している。

 胃液のせいで口の中がピリピリするので飲み物でも買おうと思い、棚を眺めていると、また缶チューハイが目に飛び込んできた。以前買おうとして買えなかったものだ。頭の中が急に静かになり、少しの間呼吸が止まった。

 今なら、飲んでも構わないような気がした。今の自分はあの時のオヤジと同等、もしくはそれ以下の存在のように思えたのだ。


『間もなく、一番線に電車が参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください――』


 ホームにアナウンスが響いている。ぐずぐずしていると乗り遅れてしまう。

 私は咄嗟に水と缶チューハイをひっ掴み、レジへと持っていった。

 点字ブロックの内側で、入って来る電車を待つ。レールから微かにカタカタと音がして、電車がホームに近づいて来るのがわかった。レールを見つめながらふと、ここに飛び込んだらどうなるだろうかと考えた。

 電車が目の前を勢いよく走っていく。巻き上げられた夕方の冷たい空気が頬を殴り、私は我に返った。自分でもどうしてそんなことを考えたのかわからなかった。



 最寄り駅からアパートに戻る途中「彗星蘭」の前を通り掛かると、薄暗い中スタンド看板を片付けていた木戸くんに声を掛けられた。


「お、最近顔見てなかったからどうしたのかと思った。どうだい調子は?」

「ああ、まあ……」


 木戸くんと目を合わせる気にはなれなかった。足早に通りすぎようとすると「明日来ればアーモンドケーキが食べられるよ」と言われ、私は眉間にシワを寄せた。客が一人減ったことがそんなに気になるものだろうか。


 アパートの部屋へ戻ると、買ってきた缶チューハイをぐびぐびと呷った。お酒は二十歳になってからまだ二~三回しか飲んだことがなかったが、味に対しては特に何の抵抗もなかった。

 父も母もお酒には強かったので自分もきっと大丈夫だろうと高を括り、一本飲み終わると近所のドラッグストアへ行ってまた何本か買い足した。自分でも一体何をやっているのだろうと思ったが、だからと言って私の行動が改まることはなかった。


 一心に酒を飲んでいる間は、何も考えずに済んだ。ミサキのことも、これからのことも、何一つ気にならない。ただただ飲むことに集中する。アルコールが全身を巡る感覚に没入すれば良いのだ。一時的なものではあるが、すべての不安から解放される。それも少しの金で。二十歳さえ越えていれば簡単に手に入るのだ。むしゃくしゃしたり、誰かに怒鳴り散らしたりすることもないので、人様の迷惑になることもない。病院に行くより金も時間も掛からないのだし、なんてコスパの良い安定剤なのだとすら思った。



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