表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lost Inside―取り戻せない日々―  作者: 古見理英
13/23

ミサキ

 ミサキの死後、彼女が紫苑記念病院の心療内科に通っていた事、そして死因が自殺であることを知った。自宅で首を吊ったのだそうだ。田舎町の噂は瞬く間に広がる。いったい誰が何のために広めるのか知らないが、ミサキの噂は町中に広まってしまった。


 数年前、彼女は過去に受けたいじめが原因で抑うつ状態に陥り、慢性的な不眠や嘔吐などの症状に悩まされ続けていた。もちろん、私にはそんなこと一言も言わなかった。私がその事実を知ったのは、ミサキが死んだずっと後だ。彼女はいつも笑顔の絶えない明るい子だった。無知な私は、うつや不眠、ましてや自殺だなんて心が弱く被害妄想の激しい人間がするものだと思っていた。


 後に、ミサキが残したSNSのアカウントまで見つかり、こちらも見知らぬ誰かの手によって学校中の噂になった。


「自殺したB組のミサキって子、かなり病んでたんだってね。まだアカウント残ってるらしいじゃん」

「あー、俺知ってるよそいつのアカウント。庭で首吊りとかエグすぎだろ」

「やば。ってか、何で死んだの? いじめでもあった?」

「メンヘラだからだろ。ほら、これ見てみ?」

「うーわ、ガチじゃん。怖すぎ」


 昇降口で偶然耳にした会話は、今でも脳裏に焼き付いて消えることはない。他人なんて所詮そんなものなのかもしれない。「メンヘラ」だのなんだのと、どこかから拾ってきた名前を適当にくっ付けて、無意識に自分から遠ざけようとする。自分とは別種のイカれた人間なのだということにしたがる。その一方で、そんな人間に興味を持ち、心のどこかでコンテンツとして欲している。

 とはいえ、そんな彼らからミサキのアカウントを教えてもらった私もきっと同罪のようなものなのだ。とても責められた立場ではない。


 ミサキがどんな思いで過ごしていたのかは、日々の書き込みから容易に把握できた。彼女の人生最後の書き込みは、あの人身事故が起きた日だった。


『先を越されちゃった。でももっといいやり方があるよね。終わらせるなら今しかない。今が一番幸せ』


 ミサキの訃報を聞いた時、すぐに私の言った一言が起爆剤になったのではと思ったが、考えれば考えるほど恐ろしく、まともに向き合ったら気が狂ってしまいそうで、気が付けば私は必死に否定するようになっていた。親友の死。私が一番自分のせいにしたくないことだ。


 これは私のせいじゃない。私が悪いわけない。


 首吊りなんてただの噂だ。本当は違うかもしれない。もし本当だったとしても、よくあるありふれた死に方だ。珍しくなんかない。「死にたいなら一人で勝手に死ね。人様に迷惑かけるな」そんな言葉はネットの世界にいくらでも転がっているし、皆が思っている――はずだった。


「その皆って誰なの?」


 夢の中でミサキが問いかけてくるようになったのも、この頃からだっただろうか。


「誤魔化さないでよ。自分の事なんでしょ?」


 夢の中で、私は何も言えなくなる。


「お前がとどめを刺したんだ。責任転嫁するな」


 そうかもしれない。私があんな馬鹿なことを言わなければ、もしかしたら……


 神経質、不安定、デリケート。そんな人間を弱いだの甘えているだのと突っぱねて、言葉を選ばず拒絶してきた。ところが一番神経質で、不安定で、デリケートなのは他でもない私の方だったのかもしれない。少なくとも私が遠ざけてきた存在は、誰かを馬鹿にしたり、攻撃したりしなかった。

 でも私はやってしまったのだ。それで傷ついている人間が、すぐ隣にいたことにも気付かずに。そんなことをやっておきながら、自分は健康でまともな側にいる人間だと信じていた。


 私はやがて、すべてはミサキが私に与えた罰なのだと考えるようになった。

 高校卒業後は父親に進められた大学へ進学するつもりでいたが、直前で放り出して病院で働く事を決めた。それが償いになるとどこかで思っていたのだろう。それが私にできる責任の取り方だと。当然ながらうまくいかなかったわけだが。

 そもそも、私は本当に償いのためにあの病院に入ったのだろうか。正義とか、贖罪とか、そんな綺麗なものの為ではなく、単に父親の意思に背くための都合のいい選択だったのではないか。


 最初の一年は無我夢中で何とかやってこられたが、その勢いを維持し続けることはできなかった。まるで悪夢の中にいるように、がむしゃらに前へ進もうとするほど足取りは重く、身体が抵抗をし始めた。

 結局私は薄っぺらい偽善者でしかなく、誰一人として救えてなどいなかった。一年と数ヶ月、私は周りに厄介事を振り撒き、ひっくり返った虫のように無意味にもがいていただけだったのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ