5、時間の価値
「家庭教師って、聖王に通ってる位なら頭はそっちの方がいいと思うんだけど」
私の頭は世間的に中の上ぐらいだ。
家庭教師なんて出来るほどじゃない。
「でも、そっちの高校では上位の成績だろ?それに勉強だけじゃなくて、庶民的な一般的な話とかも聞きたい。今後のために」
てか、今そっちの高校って言った?
まあ、制服着てるし高校はわかるとしても、成績上位って知ってた?
「・・・もしかして、財前くん私のこと知ってるの?」
財前くんをまじまじと見ると、目をそらされた。
「・・・まあ」
まさかぼっちなのが、隣の学校まで知られているなんて知らなかった。
詳しく聞きたい気がするけど、いい話じゃなさそうだ。
深く追求はしないでおこう。
「そっか。じゃあ自己紹介はいらないね。キミとかじゃなくて篠原って呼んで。葵でもいいけど」
「篠原・・・さん」
育ちが良いせいで呼び捨てに慣れていないのか、呼び捨ては無理らしい。
「家庭教師なんて無理だと思うけど、私に出来ることがそれしかないなら、それでお願いします。お金は高校卒業後働いて少しずつ返すので」
「・・・別にいらないけど、わかった」
家庭教師の日は月曜日と金曜日の週2回。
車で学校まで迎えに来るそうだ。
これこそ金持ちの気まぐれのような気がする。
私に教えられそうなのは、節約術とか、もやし料理やキャベツの飽きない食べ方ぐらいなのに。
帰宅した父に親切な人が借金払ってくれたと説明したけど、はじめは信じてくれなかった。
私も事態をうまく飲み込めていないから、説明は上手くできなかったせいでもあるけど。
あれから数時間たったけど、まだ夢のようで私も信じられていないのだ。
父は借金先に問い合わせて、事実だと信じたが、事実をすんなり受け止められず放心していた。
********
月曜日の放課後。
校門を出て少し歩いたところに車は止まっていた。
校門前に向かえに行くと言われたけど、断ったのだ。
絶対目立つし。
目立つの嫌だし。
「篠原様」
とスーツを着たおじさんから声がかかる。
立ち姿は、真っすぐで、笑顔を絶やさず品がある。
執事なんだろうか。
生執事初めて見たかも。
・・・様って。
金持ちは違うな。
「さぁ、和満様がお待ちです。お乗りください」
車のドアを執事が開けて、座席を見るとすでに財前くんが座っていた。
「そっちの学校は終わるのが遅いんだな」
「違うよ。今日は掃除当番だったの」
「掃除当番?何処を掃除するんだ?掃除は業者がするものじゃないのか?」
「・・・」
わかる。多分冗談でこんな言葉を言っているわけじゃないことを。
そうだね、多分聖王学園には掃除当番なんてないんだよね。
はあ、大丈夫かな。これから。
ため息しか出なかった。
車から降りて財前くんの家の改めて見て、あまりの大きさと高さに驚いた。
庭の花はカラフルで本数が数え切れないほどあるし、家は3階建てだ。
なんだか異世界に来たみたいな気がした。
門から違うし。塀の高さが普通の家の1.5倍は高いし、防犯カメラ2台も設置されてるし。
そういえば防犯カメラある家に入ったの初めてかもしれない。
財前くんの家って、相当お金持ちなんだなと改めて実感した。
高校生でも1億2千万も払える環境なのかもと。
家に入ると、玄関がびっくりするほど広くて。
高そうな絵画も飾ってあるし。
通されたのは1階の奥の机と椅子があるだけの部屋だった。
会議や打ち合わせのための部屋みたいだけど、私にはちょうどいいのかもしれない。
緊張しないし。
高価なものとかあって、仮に壊したら弁償できないし。
早速教科書を見せてもらったが、教科書が違った。
学校によっては違うなんて思いもしなかった。
分からないところを財前くんが質問して、私がそれに答えて教える。
全部を教えることが出来なかったのに、分かるところだけでいいなんていう財前くん。
全然役に立てている気がしなかった。
1時間ぐらい経過したころに、ケーキに飲み物をお手伝いさんが持ってきた。
ケーキなんて4年ぶりかも。
思わず顔が緩んだ。
「休憩にしようか」
「うん」
久しぶりのケーキは本当に嬉しくて、美味しくて。
「うんま~い」
と声が出る。
視線を感じて財前くんを見ると、笑顔でこちらを見ていた。
笑顔に胸が高鳴る。顔面偏差値高いイケメンの笑顔の破壊力は凄いのだ。
「オレのもあげるよ」
目の前にケーキの皿を差し出された。
「えっ?いいの?財前くんって、本当にいい人!!」
私は差し出された皿を手に取ろうとすると少し財前くんの指が触れた。
あっと思った瞬間、財前くんの顔が瞬間赤くなる。
???
何故ここで赤くなるのかが意味が分からない。
でも、顔を赤くしている財前くんはかわいいと思った。
萌えとかよくわからないなと思っていたけど、これが萌えってやつなのかも。
「あっ、あのっ、これは違くて。女の子が苦手っていうか、慣れてないっていうか」
「それなら何故私を家庭教師に?」
「それは篠原さんみたいな庶民の定期的に会う友達が欲しかったっていうか」
「言ってくれたら、全然なるのに」
金持ちの財前くんに私なんかの庶民で申し訳ない気もするけど。
「友達になれても、定期的に会うのは難しいだろう?俺が誘わないと絶対会ってくれないだろうし」
「・・・」
確かに、言っていることはもっともだと思うけど。
財前くんのこと知ったの最近だし。
確かにすぐ仲良くなるなんて無理のような気もするけど。
「俺は篠原さんの時間を買ったって思ってる。だから、家庭教師って名目じゃなくても、雑談するだけでもいいから、定期的に会いたい」
時間を買うって、私の時間ってそんなに価値があるのだろうか。
時給1000円ぐらいって考えても、何十年定期的に会っても返しきれないぐらいの額だ。
お金持ちはやっぱり価値観が違う。
「・・・だめかな?」
「ううん。それなら今日は財前くんのこといろいろ教えて?まだ知らないし」
「うん。俺も質問したいことある」
庶民の私をほっとけずに、助けてくれたしいい人だとは思うし、これから仲良くなれそうな気もするけど、私たちはお互いのことまだ知らなすぎるのだ。