09 どう足掻いても父親は苦労人
「ふう………まあこんなものか」
「お疲れ様です、陛下。これで本日の政務は終了です」
「ああ。すまんなメイシュ、お前にも手伝ってもらって。それと二人の時は陛下などと堅苦しく呼ばなくていい」
「そう?じゃあ父さん、お疲れ」
「ああ」
長い間握っていた万年筆をようやく机に置き、私は一つ伸びをして姿勢を崩した。
「紅茶でいいよね?」
「ああ、頼む。パパっとな」
「じゃあ、【洪水魔法:クリエイトウォーター】【洪水魔法:ボイリングウォーター】」
息子が淹れてくれた紅茶を口に含み、ほっと息をつく。
「こんな時間まで大変だったね」
「仕方があるまい、馬鹿娘が今日中に片を付けると言っていたのだ。帰ってくるまで寝るわけにいかんからな、だから明日の分の仕事に手をつけていた。というか、お前まで付き合う必要はなかったのだぞ?」
「父さんだって話し相手くらいいないとやってられないだろう?ユリルに任せた仕事の報告を待っているなれば猶更」
「………まあな」
私はため息をつきながら、息子の言葉を肯定する。
私が王位についてから既に三十年以上が経過しているが、ここ数年は特に胃が痛い。
原因は言わずもがな、あのバカ娘―――ユリルだ。
その才能の九割を私欲に浪費し、残り一割でこの国に以前とは比較にならないほどの繁栄をもたらした、空前の天才にして絶後の馬鹿。
毎日のように私のなにか(精神やら胃やら命やら)にダメージを与えてくる、節制という言葉からもっともかけ離れた阿呆のくせして、世界の魔法概念をひっくり返すレベルの術式を食事の片手間に生み出す神才。
天才じゃなければとっくに城を追い出しているだろうに、天才であるがゆえにそれが出来ない。
それだけならばまだよかったのだが、あろうことか一年前には「ちょっと世界救ってくるわ」とかすっとぼけたことを言ってこっちの返事も聞かずに国を飛び出し、一ヶ月後には数百年に渡り世界を混乱に陥れてきた最悪の存在たる魔人王を、同格級の手助けがあったとはいえあっさりと滅ぼし、英雄として世界から祭り上げられてしまった。
あいつを追い出すなどすれば、英雄に対しての仕打ちではないと、国内外から総スカンを食らうこと間違いなしだ。
「何故だ………何故あいつが天才なのだ!神とやらがいるのだとしたら何故もっとこう、理性とか節度とかマナーとか、あるいは根本的に人間性とかを完備した者にその才を与えなかったのだ!」
「言葉を返すようだけど父さん、理性とか節度とかマナーとか人間性がユリルに備わってたら、多分あれほどの天才ではなかったと思うよ」
「チクショウッ!天才ならぶっ飛んでいるくらいが丁度いいとかいう考え方、大っ嫌いだ!」
常々思う。
なぜ私とシュカの間にあんなじゃじゃ馬が生まれたのだろうか。
あれか?私の子種かシュカの子宮の突然変異か何かか?
「まあまあ。どこかおかしいのはガーデンレイクの血筋の呪いみたいなものじゃないか。あいつの美少女好きも、父さんのハーレム願望と本質は似たようなものじゃないか。変態同士仲良くしなよ」
「ユリルの頭のおかしさは、変態とかそういうのとは別枠にあるもっと悪質な何かだ!あとお前に変態云々を言われたくないぞロリコンめっ!」
「なにをっ!?ロリコンは変態じゃない!紳士だ!」
「やかましいわ!お前もユリルくらいの歳の時には毎日毎日気色の悪い顔で城下町の幼女たちを観察していただろうが、あの時のお前の顔のだらしなさといったらなかったぞ!」
「ししし失礼なことを言うな、いくら実父でも怒るぞ!僕が幼女に対してそんなふしだらな顔をするはずがない、僕はあくまで幼女を性的対象としてではなく見守るべきたとえるならそう小動物のようなそんな感じの目で見ているだけであって断じてエロい目でみることなんて」
「じゃあ何故お前の妻の外見はああも幼いのだ、言ってみろ!」
「妻はいいんだよ、二十三歳なんだから!」
「どう見ても十歳前後だろう!」
「そこがいいんじゃないか!」
「やっぱりロリコンではないか!」
いつの間にやらメイシュとの口論に発展したが、私は間違ったことは言ってないはず。
こいつは普段はマトモだが、幼女のこととなると歯止めが利かなくなる、王道を往く変態だ。
異世界発祥の言葉である『イェスロリータ・ノータッチ』をモットーにしているがゆえに、周りにそこまで迷惑をかけないだけ、ユリルを筆頭とする問題児の中ではまだマシな部類だが、それにしたって二十歳の時にそろそろ結婚相手を決めようという時分に。
『父さん、僕は外見年齢が大人びいた女性には興味がない。具体的には八歳~十四歳くらいの見た目をした子じゃないとイヤだ。ボクは見た目至上主義だから実年齢はそこまで気にしないけど、そこのところ気を付けてくれ』
などと、てっきり久しぶりにガーデンレイク家に生まれたマトモな人間かと思われたコイツが平然と言ってきたときは、さすがの私も翌日体調を崩した。
いや、わかる。そういう少し特殊な癖に悩まされるのは分かるし、かくいう私も若い頃は随分と悩み、血を恨んだこともあるから、気持ちは分かる。
しかしだ、今の王子・王女―――まあとどのつまり私の息子・娘たちは、厄介なことに自分の性癖に真っ直ぐすぎる。
メイシュにソセット、ユリルにプエナ。
その他、もはや誇りであるかのように自分に遠慮なく暴走する輩ばかりで、マトモなのは四女のカンナくらいと来たものだ。
今なら、私を育てるのに苦労したという、今は無き父(ケモ耳至上主義)の苦労が分かる。
「ふー………もういい、お前たちの性癖に今更どうこう言っても手遅れだしな」
「ロリコン云々を言ってきたのはそっちじゃ………!いや、もういい。もとはと言えば僕が発端だった」
「うむ。これからきっともっと疲れるのに、ここでお前と体力を削り合っている場合ではない」
「ユリルのことだ、もう仕事を終わらせてるはずだろう。与えられた報酬分はしっかりこなすタイプだし、不穏分子がいれば摘み取ってくれてるだろうね」
「問題はその後だ、アイツとは話しているだけで疲れる。あと、仕事はこなすがそこに四割くらいの確率で余計なオプションもついてくる。今回はそれがないのを祈るばかり―――」
ドゴオオオオオオオオン!!
ガッシャアアアアアアン!!
バキッ!グシャッ!
「「………………」」
私の祈りは全く通じなかったようで、この私の、仮にも一国の王である私の書斎の扉が吹っ飛び、粉砕され、見る影もなく消失した。
もはやこれくらいでは驚かないほど鍛えられた精神力で、数年に渡り私を守ってくれていた扉を見届けたあと、私は元々扉があった場所に突っ立ってるバカをどうしてくれようかと思いながら振り向いた。
「グッドイブニング父上!あ、兄様もいたんですか、こんばんわ」
「夜の挨拶を統一しろ」
「やあユリル、相変わらず周りの迷惑を一切考えない暴虐ぶり、流石だね」
「お褒めに預かり光栄ですが、それどころじゃないんです!」
「褒めとらん褒めとらん」
説教と拳骨の一つでも見舞ってやろうかと思ったが、ユリルの顔を見た瞬間にその気持ちは一気に冷め、私の胸中は嫌な予感で一杯になった。
何故かって?
ユリルの顔が、とても晴れ晴れとしていたからだ。
何も聞いてないのに「助けてください」と言いそうになるのをぐっとこらえ、私はコイツの笑顔の理由を聞かずに仕事の成果だけ聞くにはどうしたらいいかと頭を巡らせ、聞かずに済むことを神に祈った。
「ところで父上、兄様。ワタシがなんでこんな晴れ晴れとした顔をしているかを聞いてください」
やはり神なんていないらしい。
私の心を読んだかのように外堀を埋めてきたユリルに、死ぬほどうんざりしながら。
「………なぜそんなに気持ち悪い顔をしているんだ」
「この美人を捕まえて気持ち悪いとは、父上の審美眼も老眼化しましたね」
実の娘じゃなければぶっ殺していたかもしれないレベルの暴言を吐くこのクソガキの望み通り。
「で、なぜか手っ取り早く言え」
「実はですね、一つご報告があるのです」
「報告だと?」
ちゃんと聞いてやった私は、かなり父親として頑張ったと思う。
こいつがこんな顔をするのは、九割九分九厘………いや変な心遣いをするのはよそう、『十割』、碌でもない話だ。
「実はですね」
さあ来るぞ。馬鹿みたいな発言が。
うんざりした顔を務めて崩さず、一応耳を貸してやったが、一体どのレベルの碌でもない報告が―――。
「ワタシ、結婚します!」
うむ。
想定の中ではレベル4くらいの間抜けな言葉が飛び出してきたな。