07 世界最強の片鱗と天敵
「………え?まさか、ワタシと戦る気?」
コイツ正気か?
「せ、先生!お気を確かに!ユリル・ガーデンレイクに敵うはずがありません!」
サバーカは小太りの言うことも聞かず、ワタシに構え続けた。
「格の違いなど分かっている!だが、ここまでコケにされ、一矢報いずに死ねるか!どうせこの状況になった時点で切り札を連れてくる時間もない、ならばその顔に傷の一つも残してくれるわ!」
落ちたとはいえ、元・七星大魔導。
たしかにこの国では十本の指に入るか入らないか、くらいの実力者ではあるかもしれない。
七星大魔導は、建国期よりこの国に存在した、魔導王国の守護者。
国民の九割が魔法を使えるこの国でも三十人前後しかいない大魔導の中から、さらに上位七名がそれを名乗ることが許される。
その第一の使命が『王家と国の守護』である以上、王族の人間はなることが出来ないけど、裏を返せばそれ以外の人ならどんな立場であろうと、貴族平民問わずその称号を得るチャンスがある。
その重要な立場故に様々な権限が保証されていて、例えば王族の誰かを選んで傍付きになれたり、不敬罪を始めとするいくつかの罪の対象にならなかったり。
代わりに要求されるのは、魔導師としての圧倒的な強さ。
重要な存在であるがゆえにとてもシビアで、試すため半年に一度、入れ替わり決戦と呼ばれる戦いが行われる。
トーナメントで勝ち上がってきた魔導師が七星を一人指名し、指名された七星はその相手と戦わなければならない。
そして七星が負ければ、その称号を相手に簒奪される。
序列第一位のシズカや第二位のカグヤみたいな、七星の中でも突出した実力があれば地位は安泰だけど、第七位や第六位だと実力差は挑戦者とかけ離れているわけではないから、入れ替わることもままある。
常に王国最強の魔導師で構成された、無敵に近い大魔導集団。
それが七星大魔導だ。
まあ、今はワタシが強すぎて絶対強者の称号は完全にワタシのものになってるわけだが。
そう、ワタシが頭角を現す前は魔導王国の絶対守護者とまで言われ、近隣諸国からの畏怖の対象だった七星も、ワタシことユリル・ガーデンレイクの登場によってその印象が最近薄れている。
王国でワタシに次ぐ強さを持つシズカすら、ワタシ相手じゃ傷一つつけられないんだからまあそりゃそうだ。
七星全員で全力でかかってくれば、ワタシにかすり傷を付けられる程度。
ワタシすげえ。
まあ何が言いたいかというと、その七星から落ちた程度の強さのこの男じゃ、天地がひっくり返ったってワタシには勝てない。
「ワタシを敵に回すな」なんて、もはや世界の常識だぞ。
「私とて魔導師の端くれ、その顔に傷の一筋くらい与えてくれる!」
「顔はやめよう、女の子に嫌われる」
「見ろ、これが私の本気だああ!」
「聞いちゃいねえよコイツ」
サバーカはワタシの言葉を無視し、槍を構えた。
「【強化魔法:ジャイアントランス】【豪炎魔法:業火之槍】」
おお、流石は大魔導、面白い魔法を使う。
武器を巨大化させ、かつそこに炎を纏わせることによって威力を高めるか。
しかもあれは豪炎魔法、炎魔法の上位。
炎、豪炎、獄炎と進化する炎系統魔法だけど、獄炎魔法に到達するのは大魔導でも難しいからね。
まあシズカは使えるから、この時点で実力差が明らかすぎるというか。
しかもワタシはさらに上、最上位の煉獄魔法を使えるわけだけど。
「はああああああらああああああ!!」
怒号と共に、ワタシに向かって槍が突き出された。
この速度、脚にも強化魔法を使ってるのか。
うーむなかなかやる、魔法を二つ以上同時に発動するのは大魔導の入り口とされてるけど、三つ同時は意外と珍しい。
七星大魔導に選ばれた経験があるだけのことはあるか。
「死ねええええええ!!」
「【反撃魔法:オールカウンター】【最弱化魔法:峰打ち】【収束魔法:攻撃誘導】【精神魔法:トランスメンタルダメージ】」
「!?」
一瞬で魔法を展開。
この狭い室内では今更魔法を中止出来ないサバーカは、そのまま無防備に魔法を撃ち込んできた。
【攻撃誘導】によってワタシの指先に槍の先が命中。
【オールカウンター】によって全威力が相手に跳ね返る。
【トランスメンタルダメージ】によって肉体ダメージが精神ダメージに変換される。
【峰打ち】によって本来は脳死レベルの威力が仮死程度で寸止めされる。
サバーカは一瞬で、吹き飛ぶことも傷を負うことも無く、ワタシの指に槍が触れただけで倒れた。
「え、は?………ええ!?せ、先生!サバーカ殿お!」
小太り男が真っ青な顔で小刻みに震えながら叫ぶけど、起きるはずがない。
手を加えれば蘇生できるとはいえ、脳は動いてないんだから当然。
「で?あんたもやる?」
「いいいいいいいえ!?めめめめ滅相もございません!私めはこの場で自首いたしますので、どうか温情をば!」
「あっそ」
よし、あとはあの後ろにいる147人全員とっ捕まえて終わりだな。
ふはははは、人体実験のお時間だ。
ワタシは機嫌よくサバーカが持っていた槍を振り回し、小太りを拘束しようと魔法を唱え―――
「ああ、忘れてた。聞きたいことあったんだ」
ようとして、一度止めた。
「な、なんでしょう?私に答えられることであればなんなりと!」
「いや、ワタシに対する切り札って結局なんだったの?一応聞いとくけど」
これを聞くのを忘れていた。
このワタシを倒せる切り札なんて、普通に考えてあるとは思えない。
一国の魔導兵器を結集した集中砲火よりも高い瞬間火力と、大国に張られている結界の数倍の守備力、その他にもありとあらゆる魔法を極めたワタシに対して。
だけど、元七星大魔導としてワタシの魔法を間近で見て来たサバーカが、ワタシを倒せると思っていた切り札っていうのは、ちょっと興味がある。
ワタシはこの男が「答えられることであればなんなりと」という言質を使って【契約魔法:真実の口】で噓をつけなくした。
「あ、ああ、それですか。何のことはありませんよ。ほら、貴方様は美人にめっぽう弱いでしょう?」
「まあ否定はできないね」
「私、先日まで奴隷商人だったのですがね。その伝手を辿って、サバーカ殿の大魔導としての財力に物を言わせ、国外で粒ぞろいの美人たちを集めて来た次第でして」
「なんだってええ!?」
この国では奴隷は全面禁止されてる件についてとかが頭にちょろっと浮かんだけど、そんなもんどうでもいい!
「ど、どれくらいの量の美人さんたちが!?」
「えっとたしか二十人弱、だったかと?」
「じゅ、十数人の美女!?マジ!?ここにいんの!?あ、もしかしてあのカルト集団の中に!?」
「い、いえ。このさらに下の地下牢に。認識操作をかけてあるので、貴方様を悪人と思い込み、襲うように仕向けたのです。そうすれば女性に弱いユリル様のこと、恍惚として魔法など放たないに違いない、そのうちに仕留めることが出来る、とサバーカ殿が」
なるほど、悪くない作戦だ。
たしかにそんな数の美少女たちに囲まれれば、ワタシはおっぱいいっぱいゆめいっぱいの素敵空間に酔いしれ、数分は本来の強さの十分の一も能力を発揮できない筈。
まあ十分の一でもあのサバーカ程度なら百人くらい同時に相手したって勝てるだろうけど、それでも上手くいき、ワタシに軽傷を負わせることが出来る確率が0.04%ほど存在した。
「一つ確認なんだけど。その子たちは、すごいのかね?」
「それはもう、すんごいのを揃えました」
「ボンキュッボン?それともつるぺた?ちなみにワタシはどっちも好きよ」
「それはもう、ロリっ子からお姉さん系まで」
「………皆可愛い?」
「僭越ながら、貴方様を謀殺するためとはいえ、私の本気を持って集めました。一人一人すら、滅多にお目にかかれないレベルの美形と自負して」
そこまで聞いた瞬間にワタシは小太り男と扉越しのカルト集団全員を状態異常にかけ、扉をぶっ壊して階段を駆け下りた。