06 男の顔ってマジ覚えられない
しかし、やけにワタシについて詳しいなこの男。
ワタシは城勤めからは恐れられてるものの、魔導王国の99%の魔導師からは尊敬の眼差しを向けられるもんだけど。
ワタシが問題児だって話は知っていても、実害被ってなけりゃピンと来ないもんだし当たり前。実績だけ見ればワタシってば見上げるのも馬鹿馬鹿しくなるくらいの天才ぶりですし?
裏を返せば、ワタシの本性を知ってるのは城に自由に出入りできるレベルの貴族、優秀な武人、文官、あるいは魔導師ってとこか。
それに該当する、あるいはしてたんだと思うけど、ワタシ男の顔はすぐ忘れるからなー。
でもやっぱどっかで見たことあるんだよなー、体格良い方のおっさん。
まいっか、あとで吐かせれば。
言質も色々取ったし、そろそろいいはず。
「う、噂には聞いておりましたが、そこまで酷いのですか」
「ああ。しかもあの女だけではない、ヤツに仕える七星大魔導も、歴代最高の布陣だなんだと呼ばれてはいるが、実際は奇人変人ばかりだ。まったく忌々しい、あのガキのせいで私は―――」
「あっ、どうも。酷い女です。法律をデリバリーしにきました」
「ああそうか、その辺に置いといてくれ」
「おい、法律など頼んだのか?」
「いえ、私は頼んで、おり、ま、せん、がああ!?」
「なにいいい!?」
反応おせーな。
「ピ、ピンク色の髪、緑の瞳………ほ、本物の、ユリル・ガーデンレイク!?」
「馬鹿な!?何故ここに!」
「いや、バレたくないならもうちょいマシなワタシ対策しようか?」
あ、いや、自分で言っといてなんだけど無理か。
この世界で、ワタシが探ろうと思って探れないことなんてほぼ存在しない。
つまり犯罪行為をやらかす場合、幾多の対策をしようと、ワタシに感知された時点で終わり。
要するにこの国で犯罪を犯すつもりなら、ワタシにばれないことを天に祈りつつ行うしかない。
まあこいつらは運がなかったってことだな、うん。
「まったく気配を感じなかった、どうなっているんだ!?」
「どうって言われても、不可知化してたんだから分かるわけないとしか」
「ふ、不可知化?不可視化ではなく?発動している間、いかなる存在にも感知されなくなるという、かつて伝説の暗殺者が得意としていたという未知魔法の頂点………!?」
「い、今更貴様がどんな魔法を使おうが驚きはせん。だが、教会と冷戦状態の貴様が何故ここに入ってきている!?独断行動か!?」
「いや、父上に言われて。なんか怪しいからバレないように調べてくれっていうから、キャバクラ十回見逃してくれるのと引き換えに調査に来たら案の定だよ」
「なんだと!?ふざけるな、そんなちょっと怪しい程度の場所に、いくら王国最強とはいえ実の娘、しかも一応は王女を送り込むヤツがいるかあ!」
「なんでどいつもこいつも、ワタシを王女と呼ぶときに頭に一応を付けるんだ畜生」
ワタシの登場に小太りの男は顔を真っ青にして狼狽え、見たことがあるようなないようなおっさんはグラスを落として臨戦態勢に入った。
「いや、うちの父はマトモっぽい雰囲気醸し出してるけど、やっぱどこかいかれてるんだって。仕方ないでしょそれは、血なんだから」
「くそっ、忌々しいガーデンレイクの血筋め!王族の皮を被った変態集団が!」
「おいなんつった今」
ワタシは出入り口に寄っかかって逃げ道を塞ぎ、手を構えた。
「ワタシをあの変態共と一緒にすんな!ワタシはただ美少女をこよなく愛しているだけであって、まだ健全な方だっつの!変態ってのはロリコンの執念で合法ロリを見つけて結婚までこぎつけたあのクソ羨ましいじゃなかった、ド変態なメイシュ兄様とかに言え!」
「同じようなものだろうが!理想の少年を見つけたなどと抜かして窓から飛び降りる第二王女に、溢れんばかりの金貨を両手で掲げながらメイドに土下座して靴下を媚びる第三王子、そして昼は実験で毎日欠かさず負傷者を出し、夜は歓楽街で税金で戯れ、時には数人を城に連れてくる第五王女!これのどこに大差があるというのだ!」
「別に手は出してないからいいじゃん!」
「そういう問題ではないわああ!!」
なるほどこの男、一度死にたいらしい。
このワタシ、世界最強たる存在にそこまで暴言吐くとはいい度胸だ。
ワタシは手をゴキゴキ鳴らして男たちに近づいた。
「ひ、ひぃ!」
小太りの男が悲鳴を上げて後退る。
彼我の戦力差がわからないほどの馬鹿ではないらしい。
「せ、先生!」
「ぬぅっ………!」
がっしりとした方の男も、さっきまでの怒りの表情を捨て、青い顔をしていた。
「こ、ここまで来たのに、私はまた敗けるのか?貴様を倒すための切り札を手に入れ、一年以上地下に潜り続け、漸く報われると思っていたのに………」
「まー、敗因は手っ取り早くことを片すためとはいえ、王都に基地作っちゃったことかな。ワタシにバレるリスク天秤にかけるべきだったろうに、馬鹿な真似したねー」
「クソッ、またか!また貴様に邪魔されるのか!この一年、貴様とシズカへの復讐のために時を費やしてきたというのに!」
「え?ワタシ、あんたになんかしたことあったっけ」
「シズカを連れてきたのは貴様だろうが!あいつのせいで私は立場を追われた!」
「シズカに立場を追われた?」
「そうだ、知っているだろう!」
「………ごめん、何の話?」
「は?」
「え?」
「ん?」
男は呆けた顔をし、その顔にワタシもつられ、小太りまで似た顔をした。
しかしそれは一瞬。
がっしり男の方がハッとしたような顔をして、体をプルプル震わせ、口をパクパクさせて。
「ま、まさか、貴様………私のことを、覚えて、ない、のか?」
「いや、ワタシ、印象に残ってない男の顔と名前ってすぐ忘れるから………。女の子だったら関わった子全員覚えてんだけど」
問いに正直に答えると、がっしり男は天を仰ぎ、地を見つめ、拳を握り、震えていた体をさらに振動させ、顔を真っ赤にした。
「きっ!貴様ああ!忘れたというのか!?この私を忘れたと!?」
「どちらさまでしたっけ」
「ふんぬあああああああああ!!!」
すげえ怒ってるけど、思い出せないんだから仕方がない。
「私をっ、この偉大なサバーカ・バイトを忘れたと!?元・七星大魔導の!シズカ・ジングウジによってその立場を追われたとはいえ、大魔導の称号を持つワタシを!」
「サバーカ?七星?」
お?
なんか、思い出せそうな気がする。
………。
あっ。
「あーー!思い出した思い出した!サバーカね!二年くらい前にすっごい頑張って七星入りしたあれ、君か!七星に数十年ぶりに男が入ったって話題になってたわ!でも序列七位から上に全然上がれなくて、結局ワタシが連れてきたシズカにボッコボコにされて立場奪われたサバーカ君!」
「!?」
はいはい、すっきりしました。
この世界には、男は平均して武力が高く、女は平均して魔力が高いという理がある。
魔法を重んずるこの国で、魔導師として最高位の称号たる大魔導の地位を得るだけでもすごいのに、なんと王家直属の最強の大魔導集団《七星大魔導》にまで選ばれるに至った男ってことで、かなり持ち上げられてたわ、サバーカ。
でも一年もしないうちに、シズカに入り代わり決戦を申し込まれてボロ負けして、七星から落とされた。
まあシズカはその後七星全員を倒して、僅か二か月で序列第一位にまでのし上がったほどの天才だし、仕方がないことだったのかもしれない。
「あ、もしかしてなに?魔導王国を狙ったのって………七星を追われた逆恨みすか?ワタシがシズカを連れてこなければ、今でも自分は七星だったって?いやーそれは無いと思うよ?だって君弱かったし。君が七星になった時の入れ替わり決戦もあれ、相性が良かったのと、君がダメ元で張った罠が奇跡的に上手く作動しただけだったじゃん。運も実力のうちではあるけど、それで驕られるとちょっとねえ。多分シズカがいなくても、遠くないうちに立場追われてたって、だからそれで恨まれるのはちょっと心外と申しますか」
ワタシが頭を掻きながらそう言うと。
サバーカ君は、目を充血させてこっちに手を構えてきた。
評価・ブクマお願いします。
それが作者のやる気スイッチです。