43 カンナ
ホクホクした顔でワタシが開発した薬を大事そうに抱えるカグヤと、恍惚とした顔でカンナ姉様の昔の写真を眺めるシズカ。
こんなもので最強の大魔導二人を動かせるとは、外に漏れたら面倒なことになりそうだ。
まあでも大丈夫か、カンナ姉様の昔の写真を持ってるのなんてうちの家族だけだろうし、カグヤの薬もワタシが作るのが一番質が良いんだから。
ワタシが作ったものなんだからワタシに通じはしないけど、カグヤはいたずら大好きだから他の誰かに好きなように使うだろう。
使われる人は大義のための犠牲になってもらおうか。
「ユリル様、この薬はどんな効果が?」
「ジュースみたいな味がして美味しいけど、その後二十四時間、口に入れたものがホヤの味になる薬」
「これは?」
「なんだか靴下が湿っているような違和感に悩まされる薬」
「これは!」
「体液がカレーの匂いを発するようになる薬」
「これ!」
「深層心理で自分が四番目に好きだと思ってる人の顔がじゃがいもに見えるようになる薬」
「凄い!流石ユリル様、全部最高だよ!」
「なんか、地味だけどすっごい不快な薬だね……」
何に使おうか頭を巡らせているんだろう、ワクワクウズウズした顔で薬を眺めるカグヤと、一緒に聞いて呆れたような顔をしたシズカ。
だけどシズカは一度ツッコミを入れただけですぐに視線を手元のアルバムに戻して、何故か涙を流している。
「ところで、シズカは何で泣いてるの?」
「カンナ様が生きている時代にこの世界に召喚された奇跡に感動すると共に、この愛らしい姿を生で見られなかった現実に慟哭してる……」
「基本的に異世界人って変な人多いけど、シズカはマトモだと思ってたんだけどなあ」
「失礼な、神崎君とかあなたのお父様に比べればマトモよ。ただ私が生きていた日本という国はね、多くの人が何かしらの趣味への興味関心を持つオタク大国だったの。その血が流れてて、その対象が私はカンナ様だってだけ」
「アイドル崇拝みたいなもんか」
「こっちの世界に来て六番目くらいに驚いたのは、アイドルがこの世界にいたことだったわ」
「うちのパパが『きらりちゃん』のグッズ集めすぎてママにぶっ飛ばされてたよ」
「いい年してあのおっさん……」
「ボクが危険な目に合うのが嫌みたいで、『今からでもアイドルに転職しないか』って実家帰るたびに言われるんだよね。どう思う?包み隠さず言っていいよ」
「親バカすぎてキモい」
「相変わらずだね」
カグヤの父親、異世界人リュウジは父上の親友だけど、極まってるじゃないかってくらいの親バカ。
カグヤが好きすぎて、ワタシの弟子にするって話すら最後まで反対し、最終的にカグヤの母であるライラ姐さんにぶん殴られていたのを今でも覚えている。
「まあ、一人娘なんだし仕方ない気はするけど……」
「にしたってそろそろ子離れして欲しいよ。パパったら未だにボクが一人暮らししてるの嫌がってるんだよ?連れ戻そうと動くたびにママに半殺しにされてるらしいけど、勘弁してほしいよ」
「ライラさんも大変だなぁ……」
「姐さんはお元気?」
「この前、一級魔導師相当の実力者込みの暗殺者集団が実家に侵入してきたらしいんだけど、パパがぐーすか寝てる間にママが全員倒しちゃった。まだ現役で行けるよねあの人は」
「バリバリ元気で良かったわ」
一方でライラ姐さんは、カグヤの母親だけあって人類とは思えない美貌の持ち主だけど、性格はかなりの男勝りかつ、先代国王の時代に七星大魔導第一位だった天才魔導師。
怒るとクソ恐いので、子供ながらにこの人には逆らわんどこうと思ったのはいい思い出だ。
「ちなみにその暗殺者とやらは?」
「聖国から依頼されたんだと思うけど、外部から受注を受けただけで決定的な証拠にはならなかったね」
「もう殺しちゃった?」
「というか、ママが殺しちゃってた。高いカーペットが臓物と血でぐちゃぐちゃだってパパが泣いてた」
「まあ、姐さんに舐めた真似したんだからそうなるかあ」
「『触れたものを消す』チート能力を持つリュウジさんでも、シミとかを限定的に消すことは難しいんだっけ。結構不便だよね」
異世界人も千差万別だ、シズカのように才能が突出しているタイプやリュウジのような異能持ちのタイプ、あとは超人とか魔法無効化とかの体質が異様なタイプとかもいる。
ちなみに九人外ユウマの無限覚醒能力は異世界人であることを踏まえても異常。
「にしても聖国ねえ。そろそろ邪魔だから潰したいんだけど、あれでもシラユキ教の総本山だからなあ」
「いちいちちょっかい出してくるのうざったいよね。でも壊したら世界中の女神シラユキ信者を敵に回しちゃうのが面倒なんだよ」
「でもあの国、裏側真っ黒ですよ?私が召喚されたのだって、魔人王を殺すためというのもありましたけど、周辺諸国への牽制の目的もあったみたいですし。というかほぼ魔導王国が相手ですが」
「そりゃそうでしょ、ワタシが回復魔法の術式作っちゃって、神官がでかい顔出来なくなったからね。実際一回だけ暗殺者来たよ?もれなく実験動物になってもらったけど。んで、苦肉の策で数十年に一度の異世界召喚に踏み出したってわけだ。質が悪いのはそれで本当にワタシに匹敵する逸材を呼び出したことだけど」
「その逸材は無能扱いされて放り出されましたけどね」
「馬鹿だねえ、そのまま手厚く扱ってれば、後の九人外を入手出来てたのに」
「その神崎君が後に英雄になったせいで、追い出した聖国が非難されて魔導王国が持ち上げられて、更に関係の悪さが加速して」
「とどめと言わんばかりに、聖国の勇者だったシズカがうちに亡命してきちゃったからねえ。もう向こうの大きな戦力なんて『聖女』くらいだから、魔導王国にちょっかいなんてかけられないよ」
十年前までは精霊帝国、魔導王国に次ぐ第三位の経済大国だったのに、堕ちたもんだ。
まあ堕としたのワタシっちゃワタシだけど。
「国王はやっぱりこのまま静観するつもりなの?」
「さあ、政治は興味ないし。ただまあ戦争はしないでしょ、あの民思いの父上に限って」
「ですが、このまま放っておいたらなにかこちらに不利益なことをしてくるかもしれませんよ?実際、ファウスト家に暗殺者を送り込んでるんですし」
「その辺はワタシは分からんよ、ワタシは研究者だもん。政治に関してはカホノ姉様とかゾクス兄様とか、なんならカンナ姉様に聞きな」
「まあ、そうですよね」
「ほら、丁度来たし」
「え?」
「今、わたしの名前が聞こえたような?」
「!?」
会議室の扉が、そっと開かれた。
ひょこっと顔をのぞかせたのは、カグヤに負けず劣らずの可愛らしい顔立ちをした美女。
「シズカ、ここにいたのね」
「カ、カンナ様!?何故ここに!」
「お仕事が終わったのにシズカが帰ってこないから心配になって。ユリルとカグヤちゃんとお話ししてたの?」
「はい!申し訳ございません、傍付きでありながら御傍を長らく離れるなんて!」
「大丈夫大丈夫。お友達との時間も大切だもの。ユリル、おはよう」
「おはようございますカンナ姉様。今日も麗しいですね!」
「ふふ、ありがとう。カグヤちゃんも久しぶりね」
「お久しぶりです、カンナ様」
カンナ・ガーデンレイク姉様。
ガーデンレイク魔導王国第四王女、ワタシの一つ年上の姉。
シズカが聖国を裏切った理由であり、ワタシが世界を救った理由の一つ。
「シズカ、凄くかっこよかったわよ。流石だった」
「うえ!?え、えへへ……」
「カグヤちゃんもすごかったね。さすがユリルの弟子だわ」
「そ、そうですか?……ありがとうございます」
「ユリルも、一番強い子倒してくれたんでしょ?ありがとう、偉いわ」
「え!?……い、いやぁ~、カンナ姉様に褒められると照れますね」
カンナ姉様はある意味、魔導王国の王族の中でワタシ以上に有名だ。
そんな姉様の異名は、誰が呼んだか。
『調教師』。




