36 アルラトゥ
「じゃあちょいと長距離の転移になるからしっかり掴まっててね」
「うん」
「あっ、そう。もっと胸を押し付けるように」
「こう?」
「ああっ、いい!そんな感じ!」
「ユリル様、クッソキモいからやめた方がいいよ」
「不敬!」
翌日、ワタシたちは王城の手前でくっつきあっていた。
フィーネのおっぱいを感じつつ、カグヤのいつになく冷ややかな視線を受けながら。
「てか、別にカグヤはこなくていいんだけど?」
「何を言ってるのさユリル様、ユリル様の傍付きであるボクが、傍にいないわけにいかないじゃないか」
「どの口が言ってんだ。……まあいいけど。じゃあ行くよ」
ワタシはカグヤが腕に胸を押し付けてくるのを確認して―――うん、こんな役得な感じのはずなのに、背中は最高だけど腕はびっくりするくらい嬉しさを感じないな。
フィーネには引っ付いてほしかったから背中に抱き着いてもらっただけで、別に空間ごと転移するからくっつくひつようはないんだが。
とりあえず父上あたりに見つかると面倒なので、速攻でワタシはそのまま転移した。
「はい、着いたよー」
「ここが………?」
「そう」
そこは、一言で言うなら峡谷。
遠くには森が見えるものの、ワタシたちが転移した場所には乾いた雑草のようなものしかない。
だけどその地形は非常に雄大で、まさに自然が作り出した芸術。
「ここがグランの家。通称『アルラトゥ』だよ」
この世界に存在するすべての国家で、周辺百キロ以上が立ち入り厳禁区域になっている場所がいくつか存在する。
その一つがここアルラトゥで、この美しい景色に似つかず、巷では『冥府への入り口』『一歩進むごとに寿命が十年縮む』と噂される、少しでも知性ある生きものなら絶対に誰も近づかない最悪の場所だ。
「なんで、そんなところにユリルのお友達がいるの?」
「うーん、それは考え方が逆だね」
「逆?」
「『立ち入り禁止領域にグランハーデスがいる』んじゃなくて、『グランハーデスがいるから立ち入り禁止領域になってる』っていうのが正解。魔人王がいない今、多分世界で最も危険視されてる生物だしねえ」
「そりゃそうでしょ、あの『冥界竜王』だよ?ユリル様が友達だって聞いた時のボクの驚き分かる?」
「そんなに怖がらなくていいよ?むしろ九人外の中じゃ穏健の部類に入るし」
「さすがに信用できない」
まあ、カグヤが珍しく体を震わせてるのも分かるけどね。
ワタシと同格、九人外の一柱『冥界竜王』グランハーデス。
世界中のすべてのモンスターの頂点。
歴史書に記されている限り、その存在が確認されたのは五千年前。
かつて存在した自分以外のすべての竜王を皆殺しにし、その能力を奪った怪物の中の怪物。
面白半分で生物を虐殺し、形あるものはすべて破壊しつくさないと気が済まず、人族の断末魔と返り血を何よりも悦とする、生きた災厄。
―――と、言われている。
「まー、会えばわかるよ。さて行こうか」
「わかった」
「ちょっ、マジで行くの?ねえユリル様、ボクがこんなに怖がるの初めてだと思うんだ。ここはこの美少女に免じてやめない?」
「あんた、自分でついてきておいて何言ってんの。そんなに帰りたいなら転移魔法で送ってあげるから」
「……いや、行く」
なんなんだこいつは。
自分も行くと言ったと思えば止めてきたり、帰ってもいいと言っても帰らなかったり、情緒不安定か何か?
「カグヤさん、大丈夫。ユリルがこう言ってるんだから」
「フィーネはなんでこの出会って間もないはずのろくでなしをそんなに信じてるの?」
「指をさすな、王女に向かって!」
「ユリル様、一応言っとくけど。フィーネは勿論のこと、ボクだって君達九人外に比べればそこら辺の羽虫と大して変わらないくらいの強さなんだからね?分かってる?ボクの身に何かあったら絶っっっっ対に末代まで呪うから」
「カグヤ、あんた自分の仕える王族を末代まで呪うって言ってんのか。あと、その辺の羽虫は言いすぎでしょ、大魔導準最強が」
「じゃあユリル様、ボクを殺そうとしたら本気出せばどれくらいかかる?」
「……〇.二秒くらい?」
「ボクを一秒で五回殺せるって言ったね今」
「いやほら、でも一般人なら〇.〇〇〇五秒くらいだし」
「フィーネ、よく聞いておいてね?これが君が結婚を承諾しかけてる人外のセリフだよ。ちゃんとよく考えてから結論を出すことをお勧めする」
「うん、分かった」
「ちょっ!?大丈夫だよフィーネ、そんなことしないから!ワタシ、九人外の中じゃ一番まともと言っても過言じゃないから!」
「過言でしょ」
「あんたは黙ってろ!」
この女、フィーネにろくでもないこと吹き込みやがって!
なんだそのニヤニヤは、腹立つな!
「まあ、冗談はこれくらいにして」
「冗談で済ませるかどうかを決めるのはワタシだからなこんにゃろ」
「万が一はないんだよねって確認だけしていい?」
「はあ……大丈夫だって、マジで。少なくとも、今のグランに危険はないよ、ワタシが保証する。じゃなきゃ二人とも連れてこないでしょ?」
グランハーデスが本当に歴史で語られるような悪竜なら、ワタシ一人で交渉に来てる。
そうじゃないからこそ、フィーネを連れてくることが出来ているわけで。
「それならいいけどさ」
「じゃあ、こっからしばらく歩くよ」
「ユリルが転移するんじゃダメなの?」
「一応ここから先はグランの巣だからねえ。家の中に直接転移するような無礼をするわけにはいかんでしょ、親しき中にも礼儀ありってやつだね」
「ユリル様からもっともかけ離れたことわざが飛び出したね。身の程をわきまえたら?」
「ぶん殴るぞ」
こいつはなんだ、いちいちワタシに喧嘩を売らないと気が済まないのか。
でもいちいちカグヤに絡んでたらキリがないので、さっさと先に進む。
川が無くなった谷をしばらく歩くと、探知に強大な反応が複数現れ始めた。
フィーネはやっぱり少し怖いのか、ワタシの服をキュッと握っている。超可愛いのでもっと握ってほしい。
カグヤはワタシの後ろをずっとついてきている。いざとなったらワタシを盾にする気満々だなコイツ。
すると、反応の一つがワタシたち三人の元に近づいてくる。
反応が重なるのを待って空に目を向けると、赤い鱗をした一頭の竜が、バッサバッサと羽をはためかせながら滞空し、ワタシたちを見下ろしていた。
「ユリル・ガーデンレイク様ですね?お初にお目にかかります」
「どもー。グランはいる?一応アポは取ってるけど」
「はい、我が主もあなた様を待ちわびております。言伝を預かっております、『気にしないで転移しておいで』だそうです」
「あ、そう?じゃあお言葉に甘えようか。君も来る?」
「では、お言葉に甘えさせていただきます。かの『極限魔導』の魔法を間近で見せていただくなど、またとない機会ですので」
「グランの眷属なら別にいつでも見せてあげるけどね。じゃあ行こうか、二人ともそういうことだからさっさと移動するよ」
「えっ、待ってボクもうちょっと心の準備を」
カグヤの申告を無視して、ワタシは最も大きい反応の元に転移した。
そこは、きっと並の人間がいたらショック死するであろう光景。
一体一体が七星大魔導級の強さを持つ上位クラスの竜が二十体以上、ワタシたちを囲んでいて、空にも第一級魔導師級の強さの竜が飛び回っている。
そして、その中でもダントツで凄まじい圧を放っている、漆黒の竜。
体長は他の竜と比べても一回り大きく、赤い瞳と触れただけで消し飛びそうな爪と牙が、その邪悪な見た目をより強調している。
「やあ、ユリル。待っていたよ」
「直接会うのは久しぶりだね」
この竜こそが。
『冥界竜王』グランハーデスだ。




