35 お出かけ(死地)
「とにかく、フィーネは自分の体は大事にする方向で!」
「わかった」
天然なのか自己犠牲の精神が強いのか、この子は自分を顧みないところがあるようだ。
それは美徳ではあるのかもしれないけども、ワタシは誰かを犠牲にすれば救われる物なんてクソ食らえと思ってるタイプなので、そういうのはNG。
「ところでユリル様、この子はどこで見つけてきたのさ」
「あー、それなんだけどね」
そう聞いて来たカグヤに、ワタシは口頭で地下で保護してきた件、思念伝達でフィーネの記憶消失、それに関するワタシの仮説を教えた。
「ふーん。大変だったんだねー君も」
「ううん、ユリルが助けてくれたから」
「ボクが残ってればボクが助けてあげられたのに、ユリル様の毒牙にかかるとか。一難去ってまた一難とはこのことだね」
「どういう意味だコラ」
こうした会話が繰り広げられている間、ワタシとカグヤの間では。
『人工的に作られた可能性のある人間、ね。それはちょっとゾッとしない話だ』
『あくまでワタシの仮説だし、記憶を奪われた可能性の方が高いとは思うけどね』
『しかもあのユウマ・カンザキと同質の能力って―――異世界人って可能性は?』
『無いとは言い切れないけど、ユウマとシズカが召喚されてからまだ五年しか経ってないからね。魔力のリロードに三十年から五十年かかる聖国の召喚陣じゃ無理だし、かといってあの魔法陣以外から異世界人が召喚されたって話も聞いたことがない。それに異世界人は黒髪黒目がスタンダードだけど、フィーネは髪こそ黒いけど目は翠色でしょ』
『名前も変な感じじゃないしねえ。うーん、流石にボクじゃ把握しきれないや』
念話を続けて、詳しい話をしていた。
念話しながら別の会話ができるコイツの能力はさすがだわ。
『これ知ってるの、後は誰?』
『父上だけ。他のきょうだいにも、七星にも話してないよ』
『まあ、広めるような話でもなさそうだしね。でもボクに言っちゃってよかったの?』
『まあ、ワタシの傍付きである以上、教えとかないと何かと不便だし、それに』
『それに?』
『カグヤのことは世界で一番信頼してるし?』
『っ―――!?』
顔は最高だけど性格は酷くて、ワタシすら興奮しないようになったカグヤではあるけども。
それでも、この子は人が絶対に侵されたくない領分にだけは絶対に侵入しない。
ルールも倫理も無用だけど、節度は百パー守る、それがカグヤという女。
だからこそこのひっどいドSとも十年以上付き合えてこれたんだし、ワタシの魔法を教える決心もついた。
友達としてならこんなに付き合ってて飽きない奴もいないし。
「……?カグヤさん、どうかしたの?」
「べっ!?べべべ別にい!?」
「熱でもあんの?治そうか?」
「いい!いいから!」
『どーしたの』
『なんでもないって!変に追求しないでよそういうがっついてるところが女の子に嫌われるんだよ女好きのくせに女の子の扱い方も分からないんだからだからモテないんだよこの無自覚!』
『めっちゃ早口でめっちゃ喋るじゃん………』
なんだコイツ。
あとモテるわ失敬な。
「と、とにかく!しばらくはボクもユリル様のところにいるから!フィーネちゃん、今後ともよろしく!ね!」
「え、あ、うん。よろしく、カグヤさん」
「ワタシのところにいるって、本来は傍付きなら当たり前だからね?シズカを見習いなよマジで」
「あ、あれは特殊パターンでしょ?カンナ様はあれだし」
「にしたってカグヤは自由すぎるわ」
「自由云々をユリル様に言われたくないんだけど」
言ってくれるじゃないかこの女。
何の反論も思いつかないから黙るけども。
「カグヤって、珍しいけど素敵な名前だね」
「え?あ、そうだね。うちのパパの故郷で超有名なお姫様の名前なんだってさ」
「実際の姫はワタシなんだけどね」
「一応ね」
「だからなんでワタシが姫とか王女っていうのに、どいつもこいつも一応をつけるんだ」
もう慣れてきたそんなツッコミをカグヤに入れていると。
『やあ、ユリル。久しぶりだね』
突然、頭の中に声が響いて来た。
「ちょっとごめん」
フィーネとカグヤに断って部屋を出て、瞬時に万が一にも聞かれないよう、自室に転移する。
『久しぶり、どしたの?ていうか、今はワタシに連絡してる場合じゃないんじゃ?』
『問題ないよ、おかげさまで妻も無事に子を成してくれたからね。生まれた子も既に元気に遊んでいる』
『はー、人間のワタシからしてみりゃありえない成長速度だね。奥さん無事?』
『勿論。既に君が持ってきてくれた酒と、自分で猪を調達してきて食しているよ。やはり酒精を摂取出来ないのはストレスだったのかもしれない』
『それなら持ってった甲斐があるってもんだわ。それで何の用?』
『いやなに、今回の出産は君にも随分と助けられたからね。何かお礼をしたいんだが、極限魔導たる君に何を送ってよいものか分からなくて、いっそ聞いてしまおうかと』
『ああ、それならあなたの爪と鱗を多少貰えれば―――あーいや待って、そういや聞きたいことがあるんだわ』
『ん?なんだい』
『念話じゃあれだから、明日そっちに行ってもいい?』
『無論、歓迎するよ。準備を整えておこう。爪切りどこにしまったかな』
『その爪切り、どんな性能してんの。あなたの爪を斬り落とせるって』
『なにかなあ。昔、僕を殺そうとしてきた誰かが逃げ帰った時に落としたものでね。強力な光属性を纏っているから、爪の先くらいなら頑張れば切れるんだ』
『それ多分、三百年前に失われたっていう聖剣………いや、なんでもないわ。じゃあ明日行くから』
『ああ、待っているよ』
念話が切れて、ワタシは再びフィーネたちのところに転移した。
「おかえり、ユリル」
「ただいま。何話してたの?」
「ユリルの昔話を聞いてた」
「おいカグヤああ!!」
「大丈夫大丈夫、ユリル様がおもらしした話しかしてないから」
「余計悪いわ!」
この女、マジで一発魔法を叩き込んでやろうか。
「それで、どうかしたの?」
「あー、うん。フィーネ、明日出かけられる?」
「大丈夫だけど……どこか行くの?」
「うん、ちょっと君の記憶の手がかりになるかもしれないところにね」
「!」
「どういうこと?さっきの念話誰だったのさ」
「グラン」
「それ誰………いやちょっと待って、まさか」
「グランハーデスだけど」
カグヤがすっ転ぶという、大変珍しい姿が見れた。




