34 遺伝
「なんかごめん、フィーネ。うちのバカが」
「ううん、面白そうな人だった」
「まあ、愉快ではあるよ。頭が」
人の邪魔をしておいて、勝手に現れたと思ったら勝手にどこかに行きやがった。
アイツの言葉を信じるなら父上の所だろうけど、どうだか。
「まあ、とりあえず空間をちゃちゃっと広げちゃうね。あと本棚も創っちゃおうか。ほい」
「わっ」
指を鳴らして、空間魔法・自然魔法・改造魔法を同時に発動してついでに時間魔法で魔法の過程をショートカット、瞬きの間に広くて本棚付きの素敵な部屋に早変わり。
うん、我ながら素晴らしい出来だ。
「こんなもんかな。本もしまっとくね、よっと」
「………すごい。さすが世界最強」
「照れるねえ」
今までワタシのことを褒めたたえる言葉なんて聞き飽きたけど、フィーネに言われるとどんな陳腐な言葉もワタシの心をざわつかせてくれる。
「ありがとう、ユリル。本当に何から何まで」
「ワタシが好きでやってることだから。気にしないで」
「やっぱり、キスくらいしておく?」
「………なんとなく、今するとまたあのバカが飛び出してくる気がするからまた今度にとっておく」
「カグヤさんに邪魔されるのは、ユリルなら察知できるんじゃないの?」
「あー、それは無理なんだよね。ワタシ、カグヤのことだけは探知出来ないから」
「え?」
「フィーネはさ、異世界人ってのがどういう存在か知ってる?」
「………?」
うん、聞いといてなんだけど、記憶がないフィーネはそもそも異世界人の存在すら知らないかもか。
「異世界人は、エプリ聖国に設置されている召喚魔法陣―――ワタシすら直に見なければ再現できないと思うレベルの高度な召喚陣から、30年~50年おきに今まで召喚されてた存在。その名の通り異世界からの来訪者で、ほぼ例外なく何らかの強力な能力を有して召喚される」
「あ、そういえばさっきまで読んでた本に、『異世界からの勇者』って話があった」
「そもそもはこの世界共通の敵だった『魔人王』ネロと魔族軍に対する戦力として数百年前に呼ばれたのが始まりなんだけど、ネロは後に九人外に数えられる規格外の最強生物、まー並みのチートじゃ勝てないわけ。結果、異世界人は殺されるか逃げるかの二択で大した効果を成さなかった。産業的には異世界の知識をこの世界に取り入れることで発展したんだけどね」
そしてその負の連鎖にストップをかけたのが、ワタシとユウマとドロウス。
まあ九人外クラスが一対三、勝てるわけがない。
「異世界人のことは分かったけど、それがどうかしたの?」
「異世界人には強力な能力が宿るって言ったよね?それは体質だったり魔力だったり、あるいは魔力を介さない特殊異能だったり様々なんだけど、共通するのが遺伝するってことでね。まあ遺伝といっても確率はそこまで高くないし、したとしても限定的になって親ほどの力は出せないんだけど。で、カグヤはその遺伝した能力を持ってるんだよ。父親がこの国に亡命してきて、ファウスト家の婿養子に入った異世界人なの」
少しだけ無表情なフィーネの目が見開かれた。
「カグヤの父親、リュウジは『触れたものを消滅・復活させる』能力の持ち主だった。カグヤはその限定遺伝で『自分の情報を一時的に消す』能力を持ってる。これのせいでカグヤが自分の存在感を消している間は一切探知が効かないんだよね。限定遺伝の中でもかなり突出した類いの強力な能力だよ」
「それで魔力も高い?」
「ついでに言えば異世界人はこの世界に召喚された時点で凄まじい身体能力を有するんだけど、それも遺伝してるから近接もかなり強いね」
本当にあの性格さえなければ、顔、頭脳、運動神経、魔力、どれをとっても平均遥か上の完璧超人なのに。
「そんなに凄い人だったんだ」
「そうだったんだよー」
「わっ………!」
「うわっ!?あんた本当にその神出鬼没何とかなんないの!?」
「え?だってユリル様を驚かせることが出来るのなんて世界中でボクくらいでしょ?だからこうやって全人類を代表してボクがユリル様を」
「脅かさんでいいわ!」
相変わらず何をしても感知できない。
常時ワタシに対する悪意を持っている人間を感知し、攻撃はフルオート反射出来るように設定し、その気になればこの国全ての生物の動きを蟻の一匹に至るまで感知できるワタシが補足出来ない人間なんてこいつしかいない。
いや、ユウマもワンチャンあるか。
つまりこの部分に限れば、カグヤは九人外に匹敵する能力を持っているということで。
「ていうかなんで戻ってきたの。父上の所に報告に行ったんじゃ?」
「もうしてきた」
「はやっ」
「そんなことよりユリル様。ボク、暫く王都に留まることにしたから」
「は?『狩りがマイブーム』とか言って辺境に巣食ってた犯罪者片端から潰して回りたいって申し出たのあんたじゃん。まさかもう飽きたの?」
「うん、だって弱すぎてすぐ壊れるんだもん。人間って脆いよねー」
「あー、それは分かる。もーちょい強くても良いと思うわ」
「腕吹っ飛ばされたくらいで発狂するヤツもいたんだよ」
「へぇー、へんなの。四肢なんてワタシ百回は吹っ飛んだよ」
「それはユリル様がおかしいよ、ボクは二十回位だよ?」
「……えっと、どっちもおかしいと思う」
引き気味にフィーネがそんなことを言ってくる。
最近は吹っ飛んでないよ、若気の至りの実験失敗で回数稼いじゃっただけで。
カグヤに関してもワタシが治せるからって無茶な特訓した時に腕が千切れて吹っ飛んだのが大半で、七星になってからはシズカとの決闘で片手吹っ飛ばされた一回しかないはず。
「この国では四肢欠損って普通なの……?」
「どうだろうね?大魔導とか聖騎士みたいな連中なら一回くらいはやってるんじゃない?」
「でも、四肢欠損級の怪我が爆増したのは最近だよ?ユリル様が聖国に喧嘩売って回復魔法を広めちゃったせいか、バカやりだすのが増えたから」
「あ、そーゆーこと?でも回復魔法で欠損部位を再生するくらいの魔法使えるのって、ワタシと聖国の『聖女』くらいじゃない?」
「ほらあれ、ユリル様が気まぐれに作った回復用の立体設置魔法陣。あれに暫く入ってればどんな致命傷も再生しちゃうじゃん、あれのせいだよ」
「あー、シズカが言ってた『ジドウハンバイキ』とかいうアイテムからインスピ受けたあれね。金入れたら作動するやつ。そっかあれか」
すっかり忘れてたわ、そうだ作ったよそんなの。
小遣い稼ぎの一環で設置したもので、治療費はそんな安くないはずなんだけど、二級以上の魔導師なら無理せずとも払えるくらいの金額に設定したはず。
そうか、あれがあれば無茶な魔法実験しても即死しなきゃ回復だ。
しかし、治ると分かった途端に危険な魔法実験に手出し始めるとか、ワタシが言うのもあれだけど、ろくでもない奴ばっかだなこの国の魔導師は。
「えっと、それなら私も一回くらいちぎった方がユリルの役に立て」
「何をとんでもないことを!その美しい手足を失うなんてとんでもない!」
「そーだよ、そういうのは部位欠損フェチとかの人にやるべきだよ」
「あんたのツッコミもなんか違う!」
うちのじい様―――先代国王の弟がそんな性癖を持ってたとか聞いたことは有るけども。
男は知らんけど、女性は掠り傷一つに至るまで人類の損失と思っているワタシは、フィーネの体を、治せるとはいえ傷つけるのは許容できん。




