31 キスでもする?
「フィーネ~、迎えに来たよ~♡」
「あ、ユリル。どこに行ってたの?」
「ちょっと知り合いの所までね。それよりフィーネ、体に何か違和感があったりは?」
「??ないけど」
「うん、そっか」
ウェリスの話通り、フィーネは本屋にいた。
手にあるカゴからあふれるくらいの本を持っているせいか、手がプルプル震えている。
うーん、天使か。
しかし、予測通りさっきの能力の自覚はないみたいだった。
半ば無意識に使っただけで、おそらく今から使ってみてと言っても不可能だろう。
検証の余地は有り余ってるけども、今はいいか。
「重いでしょ、持つよ」
「でも、ユリルが重くなっちゃう」
「大丈夫大丈夫、ワタシ最強化魔法で城くらいなら持ち上げられるから」
「そうなんだ。じゃあお願いしようかな」
フィーネからカゴを渡されたけど、なるほどこりゃ重い。
魔法が無ければ、貧弱なワタシじゃ潰れるところだった。
「まだ買いたい本があるなら全然いいよー」
「じゃあ、この棚の全部」
「…………お、おおう。なかなかの本の虫だね」
「文章は読んでるだけで知識を深められるから効率的」
「一理ある」
結果的に四百冊くらいを所望したフィーネだったけど、まあワタシにかかりゃはした金もいいところだったので普通に払い、フィーネと共にホテルの部屋に転移した。
あ、いや、ホテルの部屋ってのは決していかがわしい意味ではなく。
「よっと。この量の本を置いとくなら、いっそこの近くの戸建て買っちゃったほうがいいかもね。この辺は多いし」
「でも、家を買ったら高い。いくら王女だって、そこまでユリルにさせちゃうのは申し訳ない」
「家の十や二十、余裕で買ってあげられるくらいの財力はあるから遠慮しなくていいのに」
「それでも、ダメ」
なんて良い子。
もしここにいるのがメロだったら、家をワタシに買わせてそのまま土地転がしの要領で売りさばくくらいするだろうに。
別にワタシはそれでも構わないけど、一般的に見てどっちが良い子かは考える間でもない。
「そっかー。じゃあこの一室を魔法で広げちゃうか。部屋の空間に直接作用させる空間魔法ならこの国じゃスタンダードだし」
「………」
「ん?どしたのフィーネ」
「ユリル、私のことが好きなんだよね」
「はい」
ド直球だな。
別に隠すことでもなんでもないからいいけど。
「それがどうかした?」
「キスでもする?」
「喜んで」
一瞬で距離を詰め、ワタシより若干背の低いフィーネを抱き寄せ。
唇をちょい近づけたところで我に返った。
「え、あ、ん?一体どういう思考でそういう結論に至ったのかねフィーネ君」
「だって私、ユリルに色々と貰ってばかりで、何もしてない」
「フィーネはそこに存在してくれるだけでワタシとしては有り余るくらい与えられてるようなもんだけど」
「それじゃ、私の気が済まない」
なるほど。だからフィーネはワタシがフィーネを好きだということを思い出し、チューの一つでも見舞われようとしたわけか。
さて出番だぞ、ワタシの脳内会議室。
ワタシほどの天才になると、心に囁きかけてくるのは天使と悪魔だけじゃなく、あと何人もいるのだ。
超美少女の彼女のキッスを甘んじて受け入れるか。
大事なファーストキス(多分)をこんなことに使うのは良くないと諫めるか。
さあ働け、ワタシの中の天使と悪魔とその他大勢!
『ほれ、チューしろチュー』
『据え膳食わぬはなんとやらですよ』
『ここを逃したら次にいつチュー出来るかなんてわかったもんじゃない!』
『今考えるべきはするかしないかではなく、フレンチかディープかでは?』
『とりあえず口の中を魔法で洗浄しようか』
『キッスだキッスだ、念願の女の子とのキッスだ!』
脳内略式会議で満場一致ですることが決定した。
「では失礼して」
「ん」
嗚呼、お父さん、お母さん。
あなた方が産んでくれたこのユリル・ガーデンレイク十六歳。
純潔こそまだ損なっていませんが、今日、今ここで一つ上の女になりま
―――バアアアン!!
「ユリル様~!ここにいるって聞いて来たよ、おひさ~!」
「………」
「??」
一つ上の女は、第三者の介入によって先送りになった。
鍵かけるのを忘れたホテルの扉を派手に開き、あろうことかズカズカと入り込んできた、光輝くような美形の少女は、ワタシ(王女)に向かってなんとも無礼な態度で接してくるではないか。
唐突だが、ワタシは基本的に女の子には何されたって嬉しいし、大体のことは許容できる人間だ。
だがファーストキスを済ませる瞬間を神がかり的なタイミングで邪魔されておあずけを食らうというのはさすがに温厚なワタシでもキレていいと思うし、何より入り込んできたバカが問題だった。
「あれ、ユリル様ったらまーた女の子引っかけたの?体勢からしてチューでもしようとしたの?」
「そうだよ。お前が入ってくんのがあと三秒遅かったらめでたくワタシは一つ上の女になれてたよこのバカ。そして勝手に人様の部屋に入るな、とりあえず後で相手するから今はワタシの自室にでもいやがれお願いします」
「ヤダ」
この女!
「つーか、なんでアンタはワタシに帰って来てることを真っ先に報告しないわけ。ワタシ上司よ?師匠よ?普通帰ってきたら最初に報告に来るだろ!」
「面倒くさかったんだもん。あとカステラと蕎麦が食べたくて、後回しにしたら忘れちゃった」
「この自由人が!」
「まあまあ、ボクの可愛い顔に免じて見逃してよ」
「自分で言うかこのナルシストマイペースバカ!」
ワタシの説教を意にも介さずにケラケラ笑いながら手に持っているカットスイカを頬張る、銀髪ショートのボクッ娘美少女。
顔だけで言えばワタシにとってはフィーネに次ぐドストライクだ。
なんでこいつ以外にこの顔がくっつかなかったのか、いるかもわからん神を何度恨んだことか。
「ユリル、この人は?」
少し混乱気味のフィーネに、ワタシは警戒心を全開にしながら説明する。
「………こいつはカグヤ・ファウスト。七星大魔導の第二位で、ワタシの傍付きで、ワタシのたった一人の弟子。七星の中でぶっちぎりで頭がおかしいサディストだよ」
こんにちは、銀髪ボクっ娘。
こんにちは、作者の性癖。




