30 カホノ・ガーデンレイク
「父上?おーい父上。うん、ダメだこりゃ」
気絶した父上をそのまま放置して、ワタシは一応扉を直し、部屋を出た。
物理的な被害以外で父上が気絶までするのは珍しいな。
まあ、流石にあのグランと仲が良いことを言ってなかったらそりゃそうもなるか。
さて、これからどうするか。
もう一回ユウマの所に戻って事情聴取?
いや、魔力を介さないあいつの能力をすべて把握していない以上、あいつに嘘がないかを確かめるのが困難だ。
ということは後の候補のドロウスかグランハーデスの所に行くか。
あーいや、ドロウスのやつには積極的に会いに行く気がしないし、グランは一昨日、嫁さんが陣痛だって言ってたわ。
基本的に野郎の都合なんざ知ったこっちゃないワタシだけど、友人の一大イベントの時に水を差そうとするほど野暮じゃない。
「あーあ、どうすっかな」
「あれ、ユリルだ。おっはー」
「ユリル様、さっきぶりです」
「あら、カホノ姉様とメロ」
また研究に明け暮れようかと思案していると、空間魔法で二人の女性が移動してきた。
一人はさっきまで一緒にいた七星大魔導のメロ。
そしてもう一人は、魔導王国第三王女―――つまりワタシの姉の一人、カホノ・ガーデンレイク姉様。
魔導文字学の第一人者で、古代語の解読によって原初の魔法をを発見しようとする分野の天才。
今年で二十歳で、あと美人。
ちなみにこの国の王族は、何かの功績を挙げれば七星大魔導を一人指名して自らの傍付きにする権利が貰えることがあるんだけど、カホノ姉様の傍付きはメロ。
「どうかしたんですか?」
「いや、例の銀行強盗事件でメロを送り込んだの私だから、一応一緒にお父様に報告をと思って。今いる?」
「いますけど泡吹いて卒倒してます」
「あんた、今度は何したの」
「今日に限ってはちょいと交友関係を教えただけなんですけどね。姉様にも教えましょうか?」
「…………遠慮しとく」
あら残念。
「ユリル様、さっきはありがとうございました。あの結界のお陰で楽に特別手当がもらえました」
「そりゃよかった」
「それで、先ほど急にいなったのはどうしたんです?」
「あー、ちょっととある馬鹿に急用が出来て。…………ってそうだ、フィーネは!?」
「フィーネちゃんなら、空間魔導師を手配して街に送り届けておきましたよ。まだ買うものがあるって言ってました」
なんだ、それならよかった。
…………いやよくねえわ、せっかくのフィーネとのデートが!!
畜生、これも全部ユウマのせいってことにしておこう。
『おいウェリス』
『んだよあるじ』
『フィーネは無事?』
『無事だよ、今は本屋だ』
『そんならいいの。重そうだったらあんた強化してあげてよ。じゃあよろしく』
『へいへい』
うん、安否も問題なさそうだ。
これならウェリス如きに任せてて大丈夫っしょ。
「サンキュー、メロ。ところでカホノ姉様」
「ん?」
「今日のエロ本は素敵な内容でしたか?」
「!?な、なんのことかしら…………」
「いや隠さなくていいですよ、姉様の性癖は知ってますし。メロに聞きましたし」
「メロおおおおおおお!!」
「いやだってカホノ様、ユリル様に今更隠したって」
優秀な姉様だけど、まあ所詮はうちの国の王族、厄介な性癖を抱えている。
カホノ姉様はスコプトフィリア、別名窃視性愛者。まあ要するに他人のエロい行為を見ることで興奮するらしい。
これだけならまあ、ぶっちゃけ超オーソドックスだ。だって野郎共がエロ本やらエロムービー観るのだってこれに当たるし。
ただ姉様の場合これの度が過ぎていて、一時期は娼婦と男娼をいっぺんに部屋に呼んで倍額払って目の前でやることヤらせてたりなんてのは可愛いもので、終いにゃ二人のメイドにワタシの作った媚薬盛ってファイトいっぱつさせようとしたりもした。
流石のワタシもこれに関しては全力で止めたし、カホノ姉様は父上にひっぱたかれていた。
姉様の場合、男女は勿論のこと百合も薔薇もどんとこいなスタンスだから質が悪く、さらにはうちの問題児の中でも珍しい、家族でも性癖の対象になるタイプのやべー女。
うちの家族の特殊性癖に関しては呪いみたいなもんだから矯正も望み薄だってことで父上が頭を抱えていたけど、そこについてはワタシが一肌脱いだ。
この国には、昔召喚された異世界人に師事し、エロい絵や漫画を描くことに関しては凄まじい能力を持つ職人が数人いる。
そこでワタシはその何人かに声をかけて、我が城の専属作家としたのだ。
カホノ姉様は勿論、その他の変態たちの気分にあった漫画を作成する仕事をしてもらうことで、姉様の心を充たすという計画。
まんまと成功し、カホノ姉様が問題を起こすことは滅多になくなった。
「カホノ様、ユリル様に隠し事なんて通じませんし、そもそもあなたのその性癖の捌け口を作ってくれたのはユリル様ですよ?その当の本人にエロいことを隠そうとしたって」
「わかった、わかったから!」
「メロ、あんま姉様をいじめないであげてよ」
「本当に姉君と妹君にはダダ甘ですねユリル様」
「家族だろうがなんだろうが、女の子は誰しもが尊重されるべき存在だからね!」
「ソウデスカ」
完全にあきらめの境地に達したようなメロの顔。
やめてよ、興奮するじゃん。
「あーもう、お父様が気絶してるなら起こすのも悪いし、帰るわよメロ!」
「えーっ、行っちゃうんですか姉様。もっとお話ししましょうよ」
「悪いけど、生憎この後先約があんの。カンナとね」
「カンナ姉様と?カンナ姉様とシズカの百合エッ(自主規制)をご所望なら多分無理ですよ」
「違うわ!ちゃんと公務の話だよ、あんたと違って私は政治の仕事もしてるんだから!」
「おお、なるほど」
「ユリルこそ、なんかどこかから女の子連れてきて結婚するとか言ったらしいじゃん。やめときなよ、あんた絶対浮気とかするから」
「酷い言いようだなあ姉様」
「それについてはあたしも同意見です」
「メロもちょっとはワタシを庇ってくんない」
あれ?そういや冷静に考えると、ここまででワタシに対して肯定的な意見をくれたやついなくね?
どいつもこいつもワタシを何だと思ってんだ畜生。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「はーい」
「あっ、そうだユリル様。さっき廊下でカグヤを見ましたよ」
「えっ、あいつ帰って来てたの?なんで主人兼師匠兼上司のはずのワタシに連絡の一つも寄越さないの?」
「それはまあ、超が七つはつくほどの自由人ですし」
「極限魔導すら苦戦する自由人ムーブだもんね」
「デスヨネー」
仕方ない、後で顔を見に行くか。
でも今はもっと大事なことがある。
ドロウスの所には行きたくないしグランの所にも行けない以上、ワタシが優先すべきはフィーネだ。
ワタシはカホノ姉様とメロに一言別れを告げ、即座にフィーネの元に転移した。
 




