03 父親はやはり苦労人
「ユリル、お前は何故そう馬鹿なのだ」
「この天才を捕まえて何をおっしゃいますか父上」
ワタシの美しい爆発の轟音がユリルの塔に響き、若干の気絶者と魔法実験の失敗の憂き目にあった者たち多数を出したその翌日。
ワタシは父、エンリル・ガーデンレイク国王陛下に、強制呼び出しを受けて、書斎のソファに座っていた。
「開口一番に何です?ワタシが天才であることは父上も国民もみなさんご存じの事実じゃないですか。そのワタシに対して馬鹿とは」
「ほう。私の直属の配下の宮廷魔導師から、昨日塔でお前が今月六度目と七度目の大爆発を引き起こしたと聞いたが………!?」
わなわなと体を震わす父上を訝しげに見つつ、用意された紅茶を啜った。
「あ、これ美味しいですね、どこのです?」
「話を聞いとるのかお前はああ!」
何かをこらえたり訝しんだり怒ったり立ち上がったり、今日の父上は忙しいな。
「息が上がってるじゃないですか。もう若くないんですから、血圧のためにも冷静さを保たないと早死しますよ父上」
「お、お前っ、お前は………!?」
父はまるでパントマイムの如く体をねじり、頭を抱えて天を仰ぎ、地の底から響くようなため息を一つ吐いて、やがてゆっくりと座った。
「………そうだな、うむ。お前の言う通りだ。冷静にならねばな。ではユリルよ、昨日何があったのか簡潔に説明してくれ」
「一回目の爆発は普通に失敗しました。反省してます」
「ふむ、まあ失敗は誰にでもあるものだ。それで二回目は?」
「一回目の爆発が綺麗だったので、もう一度見たくてちょっと修正入れてもう一回打ちました。納得のいく完成度にとても満足しています!」
グッ!とサムズアップをして笑いかけてみた。
父上はとても澄んだ顔をして、晴れやかな顔でニコニコと笑いながら立ち上がった。
そしてその顔を崩さず、机の上に土足で乗ってワタシの前に仁王立ちをして。
「ドオオオウラァァァァアアアァァアアアア!!!」
「あだあああ!?」
魔導師とは思えないほど洗練されたフォームで、ワタシの脳天にダブルスレッジハンマーを食らわせてきた。
ワタシはたまらず足をジタバタさせて痛みを紛らわせ、ついでに父も両小指を強打したようで、ゴロゴロ転がりながら呻いていた。
「なんてことをするんですか、世界の至宝に!」
「やかましい!お前というやつは、お前というやつはっ!何故だ、何故お前はそう問題ばかり起こすのだ!お前が魔法研究に携わって以来、私の心は一度とて休まったことがないわっ!私の血圧を心配するならもう少し自粛しろ!私の心労の原因の七割はお前のせいなのだと心に刻めうつけ者!」
小指を氷系魔法で冷やしつつ怒鳴ってくる父に、ワタシは噛みついた!
「仕方がないじゃないですか、研究に失敗はつきものなんですから!試行回数に比例して失敗もまた多くなっていくんです!」
「知っとるわそんなこと!そうではなく、お前の失敗による周囲への被害が常軌を逸していると言っとるんだ!」
成功したときも被害が出る場合があることは黙っとこう。
「はーっ、父上は魔法の真髄というものを理解していらっしゃらない!良いですか、魔法とは!危険で、クレイジーで、恐ろしく!だからこそ美しく、面白く、奥深いものなのです!危険や被害を恐れる研究者など三流以下!塔のみんなもそれが分かってるからこそ、ワタシを訴えたりしないのでは!?」
「そんな言い訳が通用するかあ!塔に今なお入っているような輩は、お前のファンないしはお前と同類のマッドだけだろうが!お前とあの馬鹿共を市民から隔離するためにあの塔を作ったのに、その内破壊されそうで夜も眠れん!」
「誰がマッドだ!」
息を切らせて言い合うワタシと父。
勝負は均衡状態にもつれ込むかと思ったが、しかしここで、父が切り札のカードを切ってきた。
「加えてお前、あれほど言ったのに、昨晩また城を抜け出してあの店にいったそうだな!?」
「え、お、あっ………えっとぉ、それわぁ~デスネ」
「あの店」とは、ワタシが通い詰めているおにゃのこたちがお酌をしてくれたり一緒にゲームしてくれたりする由緒正しき店、キャバレークラブのことだ。
略してキャバクラともいう。
おやあ?
っかしいな、なんでバレた?
ちゃんと認識阻害、透明化、結界透過、分身を併用して行ったのに。
まったくこの父、なまじやり手なのがイヤだな。
「魔法の問題だけならまだいい!だが王族が夜の街に繰り出すということの意味くらい分からんのかお前は!」
「い、いや~あれはほら、ステラちゃんから『最近来てくれないから寂しいです♡』って、キスマーク付きのカードが送られて来たもんで、こりゃ今夜行くしかねえと女を見せることにした次第でして」
「んがああああ!!なにが最近来てくれないだ、三日前にも行っているだろうが!お前、お前は本当にっ、その節操のない女好きはいい加減何とかならんのか!」
なっ!?
「ワタシが美少女好きなのは否定しませんが、節操ないわけじゃありませんよ失敬な!それを言うなら節操のない女好きは父上じゃないですか!言い訳があるなら嫁の数を言ってごらんなさい!」
「ぬ、ぐうう!?」
「ちょっと特殊な性癖を持っているのは、うちの王族の呪いみたいなもんじゃないですか!ワタシのこれだって、複数の女性に対して同じくらいの愛を持ってしまう父上の血ですよ!それとも何か!?女の子が女の子を好きで何か悪いとでも!?」
「いや、それは別にいい。むしろ嫌いじゃない」
「あ、そすか」
理解のある人だったようだ。
「………いや、そうではない、論点がずれている!問題は、お前が許可も無しにキャバクラに行ったことだと言っとるんだ!」
「だって、なんて言うんです?『キャバ繰り出すから外出します、朝帰りするんで門は閉めていいです』とでも言えばいいんですか?許可出ると思います?」
「出るわけがないだろう!」
「そうでしょう。だからコッソリ行くんですよ。父上だって、愛しの妻たちが『わたしたち寂しい♡』とか言ってたら政務をほっぽって行くでしょう?」
「政務は放り出さぬが、まあ………それは、たしかに、そうか………?」
「それと同じです。ワタシはあの子たちの愛の叫びを無視できないのです。我々は王族ですが、それ以前に一人の人間です。人は皆、愛に餓え、与え、享受すべき生物です。故にワタシは!愛を与え、与えられるため!今日もあの素晴らしき夜の蝶たちが羽ばたく、キャバクラへと繰り出すのです!確かに王族としては褒められた行動ではないでしょう、しかぁし!それでも彼女たちが愛を失い、結果的になんやかんやで色々失って路頭に迷ったりするのは、この国の姫として見過ごせない出来事!ですからワタシは、今日も夜の街へと赴くのです!!」
ワタシは手を広げ、後ろを振り向き、窓の外の地平線を見つめながら熱弁した。
きっと今のワタシには、『ピシャアアアン!』という擬音が合っていることだろう。
「………分かってくださいましたか?」
「さっぱり分からん」
「そうですか、ワタシも途中で何言ってるか分からなくなりました」
父はこめかみを抑えて、ソファにどかりと座った。
「はぁ………もういい、疲れた。お前への説教はまた今度にしよう。今回はそれだけで呼び出したわけではないのだ。ちょっとした問題があってな」
「教会のやつですか?」
「その件についてお前には言っていない筈なのだが」
「この城でワタシが知らないことなどありませんよ父上。最近、父上が母上たちに寄られることが少なくなってちょっと落ち込んでることも知ってます」
「そそそそそんなことないわ!あの子たちが私に愛想を尽かすなんて、ない、はず、だ………」
実際は母上たちが、この国にいる異世界人に聞いた『押してダメなら引いてみろ作戦』なるものを決行していることもワタシは知ってるけど、面白そうなので黙っておく。
ついでに、もう結婚してるのに恋愛の駆け引きもクソもないだろ、という母上たちに対するツッコミもやめておくことにした。
「最近父上が薄毛になってきたから若い男に靡いたんじゃないですかね」
「なんだとぉ!?ど、ど、どこのどいつだ私の愛する妻たちを奪わんとする狼藉者は!吊るし上げてユリルの部屋に放り込んでくれるわ!!」
なんだコラ、ワタシの部屋は拷問部屋ってか。
基本的に名君なのに、愛妻家(妻はワタシの母を含めて八人)すぎてこと母上たちのことになるとポンコツになるのが父の欠点だな。
心配しなくても母上たちはみんな仲良いし、あんたも変わらず愛されてるよ。
言わないけど。
「まあその話は置いといて」
「置くには大きすぎるわこの話はっ!」
「いや、そろそろワタシ呼んだ理由を教えてください」
父上は肩で息をして、少し逡巡した後、政務が優先と判断したらしい。
まだそわそわとはしていたものの、座って語りだした。
「察しの通り、教会で不穏な動きがあってな。お前にはその調査を依頼したい」
「不穏な動きがあるって話はカグヤから聞いてたんですけど、具体的にどんなものなんです?」
「どう考えても多すぎる食料が運び込まれていたり、運んだ業者がそのことを覚えていなかったりと、不自然な点が多いのだ。そこでアスピーを中心とする探知系を得手とする魔導師を中心に数名を監査に向かわせたのだが、異常がなかったと報告があった。しかし、どうもそうとは思えぬのだ」
「ワタシに心酔しているアスピーが嘘つくとは思えませんが、父上の勘は当たりますからね。となると、超高度な妨害系の結界が教会に張り巡らされている可能性が濃厚ですか」
教会は、シラユキ教と呼ばれる、この世界で最も浸透している宗教がこの王都に立てた場所を指す。
『神に祈ってる暇があったら魔法を究めろ』が基本スタンスな魔導師がほとんどのこの国じゃあ一部例外を除いて閑古鳥が鳴いている、ザ・敷地面積の無駄遣いみたいな場所。
ワタシ自身も、神の有無というのはワタシの研究テーマの一つではあるものの、祈ったことは無い。
だけどそれ故に人の目に留まらないから、悪だくみとかにはうってつけだ。
自分で言っといてなんだけど罰当たりな考え方だなおい。
「でも、大丈夫なんですか?ワタシ一応王女ですよ?」
「一応な」
「一応繰り返す必要ありました今?いやまあそれはともかく、魔導王国と教会は相互不干渉の関係じゃないですか。んなところに王女ぶっこんで、色々と問題に巻き込まれるとかなったらイヤですよワタシ」
「逆に問うが、お前がバレるような真似をするのか?」
「するわけないじゃないですか、ワタシを誰だと思ってるんです」
「じゃあ構わんだろう。『バレなきゃ犯罪じゃない』というのは異世界の言葉だったか。要するにバレないようにやればいいのだ」
「ワタシが言えた義理じゃないですけど、父上もやっぱりガーデンレイクの血筋ですね」
「お前たちと一緒にするな、私は国のことを思っているだけだ」
「実の息子や娘捕まえて『一緒にするな』ってアンタ」
でもワタシもあの変態共とは一緒にされたくないときはある。
「で、今回の報酬は?」
「達成感と私の信用だ」
「じゃ、ワタシは研究に戻るので、塔が壊れたりしたら修繕費はお願いしますね」
「待て待て、行くな!冗談だ!言ってくれれば用意するから手伝え!」
最初からそう言えばいいのに。
「で、何が欲しいんだ」
「美少女」
「………具体的にどういう形でほしいんだ」
「妾、ですかね」
「出来るか!」
「じゃあ正室?」
「もっと出来るか!」
「んじゃもう、ワタシのキャバクラ豪遊に目を瞑る義務十回分でいいです」
「まあ、それなら………」
よし、これで十日は父に呼び出されることなく、堂々とキャバを楽しめる。
「じゃあ、早速行ってきますね」
「ああ。………ん?待て、どっちだ。教会とキャバクラのどちらに行く気だ?」
「両方ですけど。先にキャバクラで時間潰してから深夜に行ってきます」
「酒に酔った頭で仕事に行く気かお前は!?」
「ふっ、父上。ワタシを見くびらないでほしいですね。ちゃんと明日には響かないくらいの量に自制くらい出来ますとも!」
「そういう問題ではないわああ!さっきまでの話を聞いていたのか!?なんだそのピース!なんだその笑顔!我が娘ながらなんと腹の立つ生き物だ!あっ、待てまだ話は途中だ!おい、戻ってこいバカ娘ええええ!!」
話ばかり長い父を振り切って、転移と浮遊の魔法で外に飛び出し、ワタシはスーパーマンの如く夜の街へと飛んでいった!
ブクマ、おねがいしやす…………。