25 調子に乗っても面倒くさいことになるだけ
俺のコードネームはショット。
強盗集団「鬼の盃」のメンバーだ。
俺たちは世界を股にかけ、あらゆる国の銀行や資産家を襲い、金を奪い、その金で遊んで暮らし、無くなったらまた襲うを繰り返してきた。
何度も警官や軍隊に追われたが、全てを返り討ちにし、そいつらを殺して財布を奪った。
どんな奴らにも負けない俺たちが、今回ターゲットにしたのは、ガーデンレイク魔導王国。
あの魔人王殺しの英雄にして九人外の一柱に数えられるバケモン、ユリル・ガーデンレイクを擁する超魔法国家だ。
世界第二位の国力を持つこの国なら、地方の銀行でもたんまり金を持っているだろうと考えての襲撃だったが、大当たりだ。
「うひゃひゃひゃ、すげえ!すげえよ!ここ本当に王国の端っこか!?小国の大銀行くれえの金があるぜ!?」
「おい、こっちは宝石庫だ!この引き出し全部宝石入れだぞ!」
「やべええ、魔導王国!こんだけあれば、俺たち全員で使っても十年は遊んで暮らせるぜ!!」
仲間たちは大はしゃぎしながら金庫を漁っている。
俺は人質の見張り役だから今回は動けないが、誰か代わってほしいもんだ。
「お前ら、はしゃいでないでさっさと袋に入れろ!ここはスピード勝負だって言っただろ」
不意に、野太く力強い怒号が聞こえてきた。
ボスだ。
「すいません、ボス!」
「よし、俺はあっち、お前はそっちな。超速でずらかるぞ!」
「そうだ、分かればいいんだ」
俺たちが今まで捕まらずにこんな真似が出来ているのは、ボスの強さが大きい。
ボスは、一級魔導師すら仕留めたことがあるほどの超実力派だ。
「ボス、こっち終わりました!」
「こっちもっす!」
「よーし、こっちにもってこい」
八人の熟練の仲間に、圧倒的な強さを持つボス。
誰も俺たちを捕まえられないし、殺せない。
俺たちは最強だ。
ただ、今回唯一奇妙な点があるとすれば。
「…………妙だな」
「ボスもそう思いますか?」
「ああ」
それは―――人質が誰も騒がないことだ。
最初の方こそ戸惑うヤツもいたが、いとも簡単に制圧は終わり、シャッターを下ろし、誰も入って来られないようにした。
今まで襲ってきた国の連中なら、女子供は泣き叫び、男も震えるもんだった。
だがこいつらは、誰もそんなそぶりを見せない。
こういう時に一番うるさい女のガキですら、大人しく縛られている。
「おい」
それが気に食わなかったのか、ボスが人質に凄んだ。
俺が見てもすげえ迫力だが。
「気に入らねえな。なんでてめーら、そんなに落ち着いてやがる?まさか仲間が来るとでも思ってるのか?」
「だとしたら無駄だぜ。真っ先に通信も遮断した、もしここに一級魔導師や大魔導が派遣されるにしてもまだまだ時間がかかる。助けが来るなんて希望は抱かないことだな!」
ここまで言っても、人質共は顔に絶望を浮かべなかった。
いや、それどころか、何人かは。
「…………ぷっ」
「くくくっ」
俺たちを見て、嘲笑った。
「なっ、何が可笑しい!」
「はははっ。…………あんたら、随分と手練れみたいだけど少し調子に乗りすぎたな。話を聞いてる限り、今までは中小規模の国を襲ってたんだろ?金に目が眩んでこの国に目を付けたんだろうが、それが運の尽きだったな」
俺はなんだか、寒気を覚えた。
いくらなんでもおかしすぎる。人質がこんなに毅然とて、こっちを挑発してくるなど。
殺されてもおかしくない状況だぞ?
嫌な予感がする。
「てめえ、自分の立場分かってんのか!?」
「人質、か?悪いが、魔導王国でその手は機能しない。何故なら、情報があの御方に伝わった瞬間、この国のどこだろうと、『殺人無効化』の効果を持つ結界魔法が張られるからだ」
「はん!だから、こんな早く伝わるわけねえだろうがよ!」
「あの御方ってのはユリルのことだろ?いくらあの女が化け物でも、知らなければ守ることなんてできないだろうが」
仲間がそう言う。
その通り、のはずだ。
なのに、男はニヤリと笑い。
「悪いな。この国はこういう事態のために―――一定以上の財産がある場所には、三級以上の通信系魔導師の在籍が義務付けられている。いつ、どんなところにいても、王都にすぐに連絡が出来るようにな。そしてそれが俺だ」
「はあ!?」
「そしてこういう人命にかかわる事件が起きた場合、最低でも一級魔導師、極力大魔導が即時出動できるように情報システムが確立されている。既にこのことも王都に伝達済みだ。そしてついさっき、ユリル様の結界が張られたのを確認した。お前らはもう、俺たちに何もできない」
「ふ、ふざけっ―――!」
仲間の一人が男を殴ろうとした瞬間。
後ろのシャッターが、音を立てて吹き飛んだ。
「は?」
「嘘だろ…………?」
破壊されたシャッターを踏みながら中に入ってきたのは一人の女。
太陽に照らされて輝く金髪、少しだぼっとしたラフな服、そして不釣り合いに豪華なネックレスとイヤリング。
その顔立ちは、こんな状況でも思わず見入ってしまうほどに美しい。
しかし、そんな場合ではない。
経験上分かる。このシャッターは、一級以上の魔導師でない限り破壊できない代物だ。
つまりこの女は、その領域に至った存在ということになる。
「人質のみんな、無事?」
「無事です。死者もおりません。そしてお初にお目にかかります、こんなところで出会えるとは光栄です、あとでサインくださいメロ様!」
「いいよ、銀貨一枚ね」
メロ、聞いたことがあるようなないような。
「ボス、この女―――!?」
ボスに意見を仰ごうと振り向き、俺は驚いた。
ボスが、かつてないほどに震え、脂汗をかいて臨戦態勢を取っていた。
「てめえ…………まさか、メロ・シャトーレインか…………!?」
「そうよ。まさかこの程度ならあたし達が出ないとでも思ってた?魔導王国の国防を舐めすぎでしょう」
そのフルネームでこの女のことを思い出し、俺は背筋が凍った。
メロ・シャトーレイン。
魔導王国の絶対守護者、七星大魔導の一人に数えられる大魔導。
『至っただけで一生を約束される』とまで言われる強者である大魔導、その中でもさらに精鋭である七星。
その実力は末席ですら都市を単騎で壊滅させ、序列一位ともなれば国一つ程度なら相手取れる強さと言われる、俺たちのような人間にとっては悪夢の象徴。
第五王女のユリル・ガーデンレイクがあまりに強すぎるがゆえに目立たないが、それでも周辺諸国の抑制力の一つである特級戦力だ。
「一級魔導師程度なら予測はしていたが、まさかの七星大魔導かよ…………!」
「まあ、さらに絶望させるとすれば。もし万が一あたしから逃げきったとしても、後ろにユリル様いるよ」
「!?」
「というわけで、絶対に逃げきれないし、そもそもあたしに勝てるわけないから、さっさと降伏した方がいいよ。別に国に仇なしたわけではないし、誰も殺してないならユリル様の人体実験コースには入れられないだろうから、ね?」
メロは、七星の第五位。
序列だけで見れば下の方だが、三年間その称号を死守し続け、同格である大魔導すら降す天才魔導師だ。
俺たちが束になっても勝てないだろう。
「…………く、ははは」
「ん?」
「ボス?」
「てめえら裏口から逃げろ。俺がこの女を食い止めてやる」
「なっ!馬鹿なこと言わないでくださいボス!」
「馬鹿はてめえらだ、この中で七星相手に食い下がれるのは俺だけだ。ならお前らだけでも逃がすべきだろ。ユリルが来てるなら無理かもしれねえ、だが裏からならもしかしたら逃げきれるかもしれん」
「でも!」
「いいから行けえ!!」
「…………っ!」
ボスの指示に従い、俺たちは背を向けた。
そして、一目散に裏口へ駆けた。
「へえ、意外といい男」
「惚れたかよ」
「まさか、あたしってお金持ちのイケメンか美女にしか興味ないし」
「そりゃ、残念だ!」
「【光魔法:フォトンシューター】【鏡魔法:無限乱反射】」
「え?」
その声が聞こえた瞬間。
俺たち全員の体が、一瞬で貫かれた。
「…………ぎゃああああ!?」
「い、いでええええ!」
「死にゃしないよ、ユリル様の結界の強制力にはあたしも逆らえないし。まあ死ぬほど痛いとは思うけど」
「こ、の…………卑怯な!」
「卑怯?何か勘違いしてるかもしれないけど、あたしたちは魔導師なんだよ。ご立派な騎士道なんて持ち合わせちゃいない、来るもの拒むし去るもの追うわ」
そう言いつつ、転がってきた金貨を手で弄ぶメロを見ながら、俺はあまりの痛みに意識を手放した。




