02 その王女、天災につき
ガーデンレイク魔導王国の王城の裏側には、一本の塔が立っている。
全五十階層、王城よりもはるかに高いそれは、もはやこの国の名物といってもいい。
関係者以外は入ることが許されず、魔法結界によって外部からの侵入はほぼ不可能。
王族や貴族すら、この塔の責任者に認められない限り入ることは許されない。
中で行われているのは勿論、魔法の研究。
選ばれし精鋭魔導師たちが、日夜頭を働かせ、世界の魔法発展と貢献に勤しんでいた。
世界で最も魔法が発展し、全人口の九割が魔導師というこの国家にふさわしい、威厳溢れる場所と言える。
そんな素晴らしい世界一の魔法研究機関で。
―――ドオオオオオオオン!!!
すさまじい爆発音が全階層を駆け巡った。
職員たちは慌てて立ち上がり、原因と場所を究明し始めるが。
「おい、今のは何だ!炎系魔法の暴発か、大気系魔法の超反応か!?」
「分からない、とにかくどこで起きたかを調べろ!分析魔法と探知魔法を使える奴を呼べ!」
「待って、魔動コンピューターでどこから魔法が発動したかを調べる方が、早、い………あ、五十階からだわ」
「え?最上階?じゃあいいや」
「んだよもおお、慌てて損したぜ!」
「さー仕事再開再開」
出所が分かった瞬間、全員が一気に熱が冷めたように静かになって、思い思いの研究に戻っていった。
最上階からの爆発規模の観測と結界に対する影響、市民たちに対して見えていないことだけは分担して確認して、あとは誰も気に留めなかった。
「あ、あのー、主任。今のは一体?」
「ああ、お前は来たばっかだったな。悪い悪い、教えておくの忘れてた。今のは最上階、この塔の最高責任者の仕業だよ。いいか、このガーデンレイク国立魔導研究第零開発局、通称『ユリルの塔』で研究をしていきたいなら、まずはあの御方の奇行に慣れることからだ」
「あの御方って、まさか………」
「お前だって知ってるだろ、この塔の最高責任者が誰なのか」
主任と呼ばれた男は、呆れと疲労―――しかし、確かに、尊敬と憧れを孕んだ目と声で、新人に語った。
この塔の創設者であり、家主である少女の存在を。
「『極限魔導』―――大魔導すら比較にならない稀代の天才魔導師サマが、この塔の最上階にお住まいなのさ。あの御方にとって爆発なんか日常茶飯事よ。どうせさっきのも、無理に術式に介入して体が爆発しそうになったからあわてて体外に解き放ったとかそんな感じだろ」
「じゅ、術式に干渉って、そんなことしたら魔法が暴走するの当たり前じゃないですか!」
「そう言われても、その当たり前をことごとくぶっ壊してきたのがあの御方だし」
ガーデンレイク魔導王国の誇りにして悩みの種。
守護者にして破壊者。
世界中の魔導師全員の頂点に立つ若き天才。
「あの人の世界に対する貢献は半端じゃない。まあそれを忘れるくらい、物理的な破壊を齎してるのも確かだが。爆発なんて可愛いもんだぞ、あらゆるものを溶かすガスが四十九階に漏れ出てきたこともあったし、異世界の『こーら』とかいう飲み物を飲みたいとか言って、イメージだけで再現したもんを飲んだ全員が三日間の下痢に苦しんだ時もあったな」
「の、飲んだ人がいたんですかそんな得体のしれないもの」
「まあ、ここにゃあの御方に憧れた研究者気質の変人が腐るほどいるからな。一番ヤバかったのはあれだな、召喚魔法であの御方が最上級悪魔を呼び出して暴れだしたとき。最終的に手懐けたらしいが、あのときゃ死んだと思ったな」
「さ、最上級悪魔あ!?以前この世界に顕現したときはたった一体で国を滅ぼしたとかいう、最強クラスの危険生命体じゃないですか!しかもそれを手懐けたって!?」
「あの御方に常識を求めてる間はここではやっていけないぞ。十八歳にして王国筆頭魔導師、かの『九人外』の一柱、誰も知らないだけで本当は魔法のすべてを解き明かしたのではないかと噂される方だ」
世界最強の一角にして、英雄の中の英雄。
その名は。
* * *
「やっちゃったな」
目の前で起きた大爆発の光を観測しながら、ワタシ―――ユリル・ガーデンレイクは、状況を整理しながら脳内メモに詳細を書き記した。
えーっと、何が起こったんだっけ。
そうそう、たしか術式に干渉したら、改竄が行き届かない部分があって。
魔力をブーストして無理やり術式を追加しようとしたら暴走したんだ。
んで、こりゃまずいと思って体外に魔法として解き放って大爆発と。
放出してから爆発までの間に、三重の結界と時間遅延が間に合ったおかげでワタシは無傷だけど、下階層の子たちを心配させちゃったかな。
ちょっと空間接続して聞いてみよう。
『おい、今の爆発何だったんだ?人的被害は?』
『あー大丈夫、ユリル様の部屋からだったみたい』
『なんだ。じゃあ大丈夫だな』
『ああっ、今の音で実験用マウスがパニックを!?おい捕まえてくれえ!』
『いや無理、わたし鼠マジ無理!ユリル様何してくれてんのよお!』
『魔法使え魔法、念動系の魔法使えるだろお前!畜生、マジ恨むぜユリル様!あっ、隙間入り込んだ!誰か小さくなって探してきてくれ!』
『先輩、さっきの爆発音で音系の魔法を使っていた魔導師が数名気絶を!』
『なんなのよもおおおお!担架担架!あと誰か、ユリル様に文句言ってきてよ!』
『無理無理、ユリル様の部屋なんか入れませんよ!この前入った人なんか記憶失って戻って来たじゃないですか、何とか戻しましたけど!』
『あああああ!あの人、マジで王女じゃなければ何発か顔ひっぱたいてやりたいいい!!』
誰も心配してないわ。
それどころか随分と怒らせちゃったらしい。
たしかにこの至近距離で音を聞いたら鼓膜が破れたくらいには大音量だったけど、ちょっと悪いことした。
まあ、後悔はしないけどね!
なにせ今の爆発は美しかった。
周囲の熱を吸収することで効果範囲外には一切熱を放出せず、しかし表面温度でニ十五万度、中心温度で百六十五万度。
防御に使った結界も、あの強固な力の一枚に罅を入れるほどの高火力。
そしてあの、爆発とは名ばかりの美しい円球。
まるで太陽を彷彿とさせるあの素晴らしい形状、暴走してあれなら完成させたらどれほど美しい魔法になるのか。
結果として実験は成功と言っていいんじゃないのこれは。
うん、良いと思う。
異世界には『芸術は爆発だ』と言い残した偉人がいたらしいけど、きっと彼もこういう気持ちのことを言ったんだろうね。
「しかし、もーちょい火力上げられたな。あと、反射的に結界を張ったせいでその破壊力の性能チェックが上手くいかなかった。火力と質量から計算してもいいけど、やっぱ目測でも見ておきたい。それと途中で暴走したせいで術式の書き込みもまだ途中だったから、そこについても考慮して、こう刻む必要が………よし、もう一発いくか」
下層の子たちには悪いけど、新たなる魔法の発展のために犠牲になってもらおう。
本日二度目の爆発音が、ユリルの塔を駆け巡った。