16 類は弟を呼ぶ
「…………はっ」
目が覚めると、自室の床だった。
固い床で寝た弊害による肩と腰の痛みを全治魔法で治癒し、ボサボサになっていた髪を大海魔法で一秒シャンプー、煉獄魔法の熱風で一瞬で乾かす。
しわだらけになっていた服も再生魔法で一日前に戻して清潔に。
冷蔵庫からベーコンと卵を取り出して時間魔法で一瞬でベーコンエッグにして、棚から念動魔法で取り出した食パンに乗せて塩コショウを振って齧る。
食べ終わってから大海魔法で出した真水を一杯飲んで一息つき。
「さて、何があってワタシは床に転がってたんだっけか」
珍しくもないことなのでたいして驚きもしないが、とりあえず思った疑問を口に出してみた。
昨日は確かそう、父に言われて仕事をして、そこで超ドストライクな女の子に出会って。
まずはお友達から始めることにして、その子を送った後に父に呼び止められて、色々と話をした後、自室に戻ったんだ。
中断してた研究を進めて―――そこから記憶がない。
そもそも何に関する実験をしてたんだっけ?
ワタシは基本的に気分で仕事をするタイプなので、その日その日で研究内容が違ってくる。
結果的に二百くらい同時進行で魔法実験をしてるんだけど、それのどれについてやってたんだっけか。
「確か…………そうそう、影魔法だ。影魔法についてなんかやった覚えはある。しかし影魔法っつったってどの実験だっけか。あーっと」
頭がはっきりしてきた。
そうそう、影を使った空間移動実験だ。
影魔法の術式を改竄して、処理が終わって起動しようとしたんだけど、なかなかうまく作動しなくて。
どこが間違ってるのかと術式を組み直してたら、偶然新しい種類の影魔法が生まれたんだ。
でもいきなり発動したもんだから抑えきれなくて、結局は結界と強化で相殺したんだったな。
なるほど、天井が吹っ飛んで太陽が見える理由はこれか。
「あの魔法がこの程度の被害で済んだのは明朝で影が薄かったからか。あっぶね、これくらいの時間に発動なんてしてたらボンッてなってたかも」
ま、終わったことをとやかく言っても仕方がない。
再生魔法で天井を直し、あとついでに歯を綺麗にして洗顔も。
基本は再生してしまえばすべての身支度が済むからいちいち格好の確認なんざしないけど、今日はさすがに鏡魔法でチェックした。
よし、今日もワタシ可愛い。
じゃあ行くか。
「【空間魔法:テレポーテーション】」
ワタシは例のホテルに転移して、部屋をノックした。
「フィーネ、起きてる?」
「ユリル?」
「そうそう、迎えに来たよー」
「今開ける」
ああ、今日も声が可愛い。
声だけでこれなら、顔を見たらワタシは一体どんなことになってしまうんだろうか。
胸をドキドキさせながら扉を凝視していると、ガチャリと開いた。
「おはよう、ユリル」
「結婚してえ!!」
「昨日も言ったけど、わたしは別にいいよ」
フィーネはバスローブを着ていた。
重要なことだからもう一回言おう、フィーネはバスローブを着ていた。
腰のところで縛ってある紐がかたむすびなのとちょっとよれっとしてるのが、ちょうちょ結びが出来なくて四苦八苦した情景がありありと目に浮かぶ。
おっとやべ、想像したらあまりの尊さに立ち眩みが。
「…………?大丈夫、ユリル」
「なんとか」
なんとか持ち直したワタシは、今日の要件を伝える。
「早速で申し訳ないんだけどフィーネ、ちょっと着替え…………いや、勿体ないからそのままでも…………いやいや、でも私服も見たい…………」
「なに?」
「あ、いや、着替えを用意するのでそれ着てついてきて。フィーネも含めて、捕まってた可愛い子ちゃんの今後について話しなきゃいけないから」
「わかった」
昨日と同じように、糸魔法で趣味全開の服を作り、フィーネに渡した。
本当は魔法を使えば一瞬で着替えさせることが出来るけど、それはしない。
何故なら着替えるところが見たいから。
エロスというのは、服や全裸といった結果だけでなく、それに至るまでの過程にも付随するのである。
「着れた」
「ごちそうさまでした」
「…………?何か食べたの?」
「いや、むしろ食べたいって感じかな」
フィーネのあられもない姿を脳内フォルダに記録しまくり、自分を女に産んでくれた両親に心から感謝した。
「じゃあ行こうか。フィーネ以外の子たちは後から集めるから」
「うん」
ストリップショー半歩手前の御姿を楽しんだ後、ワタシは空間魔法で城の大広間の一つに転移した。
既に大きめの机が用意されていて、何人かが他にも色々と魔法でセッティングしている。
「じゃあフィーネ、ワタシは他の子を全員呼んでくるから、あそこに座って待ってて。すぐに戻ってくるからね」
「うん」
「一応言っとくんだけど、この城は基本的に超安全であるものの、まあまあな数の変態が潜んでるから気を付けて」
「?」
「うん、わかる。そうやって可愛く首を傾げる姿になるのもわかる。まあここに来ることは無いと思うから大丈夫だとは思うけど、心には留めといてね」
「わかった」
本当は一人にしたくないけど、他の女の子たちを迎えに行かないといけない。
最後に迎えに行くことも考えたけど、一刻も早くあの天才的な顔を見たかった。
将来的にワタシは、この子の顔を見続けないと死ぬようになるかもしれない。
再びホテルに転移して、ドアをノック。
「はい!」
「おはようお嬢さん、今後について魔導王国側からお話があるから、出て来てもらえるかな」
「分かりました」
出てきた子も勿論可愛い。
そりゃあもう、美姫と言っても過言ではないほどに。
やはり女の子というのは素晴らしい、フィーネ以外の子にも、個々人に良さがある。
フィーネがワタシの理想を全て詰め込んだような最高のダイヤモンドだとすれば、他の女の子たちはサファイアやエメラルドだ。
ダイヤモンドとは違った輝き、良さがある。
男は知らん。
十七人の美少女たちがロビーに集合し、その素晴らしい光景に改めて頭を下げ、その素晴らしい女の子の香りを楽しみ、ワタシは転移した。
「お待たせフィーネ、九分と十五秒寂しかっ」
「麗しい…………!月下美人の如く儚く、それでいてイバラのような強さも見えるその瞳…………」
「…………えっと」
フィーネが男に言い寄られていた。
「一目見ただけで、あなたしかいないと直感しました!どうか、どうか…………その美しい御見足で、この薄汚い豚を蹴り飛ばし、そして踏みつけぶべらっ!?」
ワタシはその男にツカツカと近づき、お望み通り強化魔法を付与した足で蹴り飛ばし、即座に頭上に転移して踏みつけて差し上げた。
「痛い、ああ素晴らしい!これだ、この感覚、この卑賎な身にふさわしい…………おかしいな、あまり興奮しない。失礼だけど、上に乗っていただいてるのはどちら様でしょうか?」
「おい、豚の分際で世界一可愛いワタシのお気に入りに手を出そうとはいい度胸だな」
ついでに足をぐりぐりとしてやったが、ワタシの声を聴いた瞬間にあからさまにその男は機嫌が悪くなり。
「なんだよっ、姉上かよ!しかもユリ姉かよふざけんな、もうちょっとで僕の体を超美人に踏んでいただけるところだったのに邪魔するなよ!姉上なんかに蹴られても萎えるだけだ!」
「ふざけんなはこっちのセリフだこの愚弟、人の将来の結婚相手(予定)になんて事させる気だ、あの子が変なもんに目覚めたらどう責任取る気だああん!?」
「ユリ姉が結婚!?辞めといたほうがいいって、相手泣かせるだけだから」
「今、お前の体に痛みを感じなくなるバフかけたから」
「ごめんなさいお姉様!二度と貴方様の伴侶(予定)に手など出さないのでお許しください!」
変態野郎―――ワタシの弟、ガーデンレイク魔導王国第六王子マーリン・ガーデンレイクは。
それはそれは美しい土下座を、ワタシに敢行した。




