14 たまには真面目な話くらいする
「とりあえず今日の所はホテルに戻るといいよ、フィーネ。明日また迎えに行くから」
「うん」
ワタシはフィーネを部屋に転移させた。
「じゃあ父上、ワタシ帰りますね」
「いや、待て」
父上はさっきの間抜けな面とは打って変わって、ソファを戻し、思案するような表情で腰かけていた。
まるで、真面目な話でもしたいと言うように。
「いや、仕事して疲れたんで帰ります」
「待て待て待て、察しろ!話があると言っとるんだバカタレ!」
「なんすかもう、ワタシはこれから【影魔法】の術式に干渉して影と影をどこまで接続できるかを検証する実験を行わなきゃいけないんですから、さっさとしてください」
「…………面白い実験だな」
「あ、わかります?ワタシの立てた仮説によれば、理論上は23.675㎞までは接続可能なんですよ。これが立証されれば、影魔法の使い手でも疑似的な転移が可能になるんです。しかも、空間ではなく影を操っているだけだから、転移にかかる魔力コストも最小限!」
「ほう」
「かつて不遇適正と呼ばれた影魔法も、ワタシの天才的頭脳にかかれば素晴らしい魔法に早変わり!さらに同時進行で改良中の影魔法の遠距離特性を用いれば、我が国の影魔導師は攻撃はもちろん産業的にも大きな発展を呼ぶでしょう!」
「おお!」
「なにしろ貴重な空間魔法の適正を持つ魔導師に比べて、影魔法は十倍以上適正持ちがいるから、貿易問題の一つだった運搬コストが一瞬で解決!なにせ影と影を経由しながら送りゃいいんだもの、沼に落とすように影にドボンするだけで終了、人件費削減にすら繋がるぞこれはあははははは世の中ってちょれえぇぇぇええ!!」
「素晴らしい!流石は我が国が誇る天才だ、資金援助は惜しまんからドンドンやってくれ!ああなんなら例のテロリスト共もさっさと裁判起こして人権剥奪をしてお前に寄越してやる、わはははいいぞユリル、お前は基本的に問題ばかり起こす馬鹿だがやはり魔法に関しては天才だな!」
「あははははは、父上ってば悪い顔してる!じゃ、研究行ってきます!」
「うむ、頼んだぞおおおって違うわあ!!」
ちっ、誤魔化せなかったか。
「で、なんすか。明日からフィーネとの楽しいイチャコラオールウェイズが始まるからさっさと研究終わらせたいんすよ、要件は手短に」
「分かっとる。ちょっと質問があるだけだ」
「質問?」
「お前、何故嘘をついた?」
―――はあ。
我が父ながら、察しが良すぎて面倒くさい。
「なんのことです?」
「惚けるな。お前は無茶苦茶な性格だが、自分よりも他人(ただし女に限る)を優先できる人間だ。なのに」
父上はここで一拍置いて溜息をつき、ワタシが予想してた質問をしてきた。
「何故、フィーネくんの記憶喪失を魔法で治してやらなかった?お前なら出来るはずだろう、天才なのだから」
「…………あー、気にしなくていいのに」
「お前が、自分のものにしたいがために彼女の記憶を戻さなかったとは思えん。なにか理由があるだろう」
父上め、本当にやり手で面倒くさい。
「他言無用でお願いしますよ?」
「無論だ」
「ワタシだって、戻せるならとっくに戻してあげてますよ。事実、会話中に精神魔法で干渉して引っ張りだそうとしましたし」
「なに?…………まさか、出来なかったのか?お前が?」
「出来なかったっていうか、存在してなかったんですよ。記憶をチョロっと見させてもらいましたけど、話にあった通り、あの子の記憶は『森で倒れていた』、そこからしかないんです」
表情には出さなかったけど、ワタシは不可解で奇妙で不思議で仕方がなかった。
そんなミステリアスなところも惹かれた要因なんだけども。
「父上も知ってると思いますけど、完全なる記憶の消去というのは普通はあり得ません。人間誰しも、忘れているだけで頭には記憶は残ってる。精神系使いの魔導師によって記憶を抽出された場合も例外ではなく、記憶は無意識のうちにバックアップを取ってるもんです。そしてワタシなら、本人がどうやっても思い出せないような記憶でも、脳に残っている限り記憶を取り出せる」
「そう聞いているな」
「けど、フィーネの記憶にはそのバックアップすらありませんでした。一瞬だけ時間魔法で始まりの記憶以前まで戻してみたんですけど、その瞬間に彼女の思考が途切れた。時間魔法でも干渉不可ということは則ち、過去現在未来のどの時間軸においても、フィーネの記憶は彼女の頭に存在していないことになる」
過去、何人もの人間の記憶をいじって来たけど、こんな経験は始めてだ。
ワタシが治せない事象なんて、あれはもはや記憶「喪失」というより、記憶「消失」と言った方が正しい。
「そんなことがあり得るのか?」
「言ったでしょう、普通はあり得ない。つまり考えられる可能性は三つ。一つ、ワタシたちが知らない、未知の脳の病。でもこの可能性は低い―――ほぼ無いと言ってもいいでしょうね」
「だろうな。記憶が完全に消え去る病など、普通は考えられん」
「もう一つが―――何者かによって跡形もなく記憶を消された、あるいは抜き取られた」
「だが、普通の精神系魔導師では不可能なのだろう?お前は出来るのか?」
「出来るか出来ないかで言えば出来ますね」
「聞いといてなんだが、出来るのか…………」
「でもやりませんよ普通、だってとりあえず封じときゃあ記憶って戻りませんもの。ここまで徹底した記憶消去は、余程の完璧主義者か、あるいは何らかの目的があったとしか思えないです」
「何らかの目的とは?」
「ここまでやるメリットが何かって言うと、このレベルまで徹底していると、どんな高度な精神系の魔法でも記憶を戻せないということです。ワタシが不可能なんだから世界中の誰にも直せないでしょうね、それこそ記憶を消した本人以外には。逆に言えば、この一歩手前までの徹底ぶりなら、ワタシ治せるんです。つまり」
「極限魔導が治せないように記憶を消しておいた、と?」
「そうなりますねえ。しかもあのレベルの精神系魔法―――仮に完全記憶消去術とでも言いましょうか。完全記憶消去術を施せる生物なんて、ワタシ以外にいるとは思えないです。それくらいむずいんですよ。いるとすればワタシが把握しきれていないほど膨大な能力を隠している生物。つまりワタシと同格の存在、あるいはそれに準じる何者かということになる」
「《九人外》か…………」
九人外。
この世界に存在するあらゆる強者の頂点に君臨する、九柱の最強生物の総称だ。
あまりに強すぎるために、人智を超えた存在という畏敬の元に名付けられ、ちなみにワタシもその一柱。
『九人外のうち、二人以上が手を組めば世界を滅ぼせる』とまで言われるワタシたちだが、基本的にその能力をセーブして生きているので、お互いすらその能力の詳細を知らないし、そもそも会ったことないのも何体かいる。
だけど、ワタシの魔法を受け付けないほどの精密且つ膨大な魔力による記憶消去、それが出来るのはあの連中しか考えられない。
「どうやら―――思ったよりも厄介な問題のようだな」
「だからってフィーネを追い出そうなんて考えないでくださいよ父上、あの子は絶対にワタシが落として結婚してやるんですから」
「分かってるわ、だが間違っても九人外クラスと正面激突なんてことはしてくれるなよ?余波だけでこの大陸が吹き飛ぶぞ」
「わかってますよそんくらい。で、最後の一つなんですけど」
「ああ、なんだ」
「フィーネの始まりは、本当に森の中なんじゃないかって仮説です」
「なんだと?」
父上は一瞬訝し気な顔をし、そしてはっと気づいた。
「まさか、何者かによって創り出された生物だというのか!?」
そう。
フィーネは、あの森の中で、ある程度の知性と人間としての体、そして魂を生まれ持ったのではないかという説。
さっきよりも遥かに荒唐無稽、だけど0パーセントではないその考えに、ワタシも行き着いた時は内心冷や汗をかいた。
「だとしたらさっきの、記憶消去の場合よりヤバいです。生命の創造、それはもう神の領域―――魔法ですらありません。それ以上の、そしてそれ以下の謎の力です」
「…………ユリル、お前ならできるのか?生命の創造を」
父上は真剣な表情だ。
ワタシがそんな、あまりにも恐ろしい真似が出来てしまうのかと危惧してのことだろう。
でも、これに関しては安心してもらいたい。
「不可能です。ワタシが死力を賭したとしても、生物を無から生み出すなんて芸当は絶対に出来ない。だからこそ、それを行ったヤツがいた場合が恐ろしいんですよ」
「そうか…………」
父上は少しほっとしたような表情になった。
ワタシが出来ないと断言したことに対してだろう。
そりゃそうだ、自在に生命を生み出すことが出来る存在なんてものはいるとしたら、それはもう神に片足突っ込み、生物の枠組みを外れてしまっている。
その後、考え込むような表情でフィーネについて頭を巡らせた父が出した結論は。
「ユリル、王命だ。明日からで良い、彼女から目を放すな」
「言われずとも」
「お前の恋愛云々についてはもう諦めた、これ以上とやかくは言わん。だが彼女が九人外と繋がりがあり、かつお前の力量を向こうが知っている可能性がある以上、フィーネは何か秘密があるとみるべきだ。彼女が記憶を奪われた人間であろうと、何らかの力によって生み出された生物であってもな」
「任せてくださいよ、今までで一番楽しそうなお仕事だ。自分好みの美少女から目を逸らさないなんて最高じゃないすか」
「必要ならお前の塔に連れて行ってもいい。だが怪我だけはさせるなよ」
「分かってますって」
「そしてこれはあくまで、私の独り言だが…………」
父上はおもむろにたちあがり、窓の外から王都を見下ろす。
そうしながら、後ろにいるワタシに向かって言った。
「彼女に罪はない。記憶がなく、自分の生まれも分からないなど、不安の極みだろう。もし彼女が何かの計略のためにお前の元に遣わされた存在だったとしても、お前ならば対処ができるだろう?」
窓に移った父の顔は、やんちゃそうに笑っていた。
「守ってやれ、ユリル。女を見せろ」
「…………やっぱ父上もぶっ飛んだこと言いますね、さすがはガーデンレイクの血筋」
「おい、格好つけたんだからもう少し乗っかれ」
仕方がない。
「お任せください、陛下。この魔導王国が誇る超天才魔導師、ユリル・ガーデンレイクに。…………これでいいですかね」
「まあ及第点をやろう」
「そーすか」
さて、明日から忙しくなりそうだ。
まずは抱えている研究を一気に終わらせて、フィーネとイチャコラ。
そして。
ワタシ好みの美少女を不安にさせるなんていう大罪を犯した何者かに、報復してやろうじゃないか。
とりあえず序章終了ってとこでしょうか。
この後ちょっとした幕間を挟み、物語を進めていきます。
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