12 天然は時として天才を超える
可愛い名前なんだが、一か所だけ腑に落ちない。
どうやら父上も同意見だったようで、ワタシの中に浮かんだ質問を代弁して言う。
「『だと思う』とは?君の名前だろう?」
「…………わからない。それだけが頭に浮かんだ」
ワタシは頭を回転させて思考する。
まず、彼女がこの部屋に到着した瞬間に言った言葉。
『これが、魔法?すごい』
『少なくとも、記憶にはない』
あの時は流したけど、そもそも。
この世界で「魔法を見たことがない」など、ほぼ有り得ない。
魔導王国以外の国家では、五人中一人。
魔導王国内なら、十人中九人。
これが平均した際の、この世界で魔法を使える人間の割合だ。
最も『魔導師』の割合が少ないエプリ聖国でも、神官職の人間は神聖魔法(ワタシが全否定して【回復魔法】と名付けたあれ)を使えるヤツが多く、ワタシがあの魔法の術式を解明する前はこの魔法だけであぶく銭を稼いでいたほど。
普通に生活してりゃ魔法ってのは超身近なもんであり、生活を豊かにする隣人のようなもののはず。
それを今まで見たことがないってのは、生まれてこの方他の人間に会ったことがない野生児とか、そんな感じの方々くらいしか思いつかない。
さらにそこに、自分の名前に対して『だと思う』と付けることを加味すると、仮説は容易に思い浮かぶ。
「フィーネ、あなたもしかして―――記憶喪失?」
「それに該当する」
「なんと」
父は目を丸くし、少女―――フィーネは、コクリと頷いた。
一見無表情なフィーネ、だけどその目にはありありと不安の色が映っていた。
「途切れていない記憶の中で、最初の記憶は?」
「森の中。突然何もわからずに、大きな木の傍で倒れてた。その前の記憶が何もない。とにかくわけがわからなくて、とにかく飢えをしのぎながら、一方向を目指して進んだら、開けた場所に出て。その近くの街で、あの変な男に騙されて捕まった」
あの豚野郎、予想はしてたけどやっぱり卑劣な手段で美女たちを集めてたか。
人権剥奪されたら最初のワタシの実験体はアイツにしてやる。
「それは大変だな。おいユリル、お前の」
「父上、この子はさっきまで捕まってたんですし、やっぱり暫く体調とかを見るべきだと思います。【全治魔法】はあそこにいたカワイ子ちゃん全員にかけましたけど、一応ちゃんと念入りに検査が必要かと!」
「!…………お前、本当に女性に対しては至れり尽くせりだな。その優しさをもう少し男にくれてやれんのか」
「無理」
「だろうよ。はぁ、仕方がない。フィーネくん、今日はすまなかったな。ユリルがとったという部屋で暫く暮らしてくれて構わない。無論、宿泊代は我が国が保証する。気が済むまで滞在してくれ。失ったという記憶についても、要望があれば手の空いている者に調査させよう。その気になったら教えてくれ。ではユリル、送ってあげなさい」
「へーい」
ワタシは色々と頭を巡らせながら、空間魔法をまた起動し―――。
「いや違う!あっぶね、また騙されるところだった!この子とワタシの関係についての話を何もしてない!」
「ちっ、我が娘ながら小賢しい…………」
「こっちのセリフだわ!のらりくらりとかわそうとしおって、政治で培った能力無駄遣いすんな!」
「とはいってもだな、名前も素性も知らずに結婚結婚とほざいてたお前のことだ。どうせ助け出した時に一目惚れして反射的に求婚してしまったとかそんなところなのだろう?」
ワタシを何だと思っているんだと怒鳴ってやりたがったが、寸分の違いも無くその通りなので何も言えなかった。
「そんなんで心動かされて頷く女性がどこにいる、そんなんだからバカ娘だのポンコツ妹だの奇天烈姉ちゃんだのと言われるんだ」
「もれなく全員家族だろそれ言ったの!あーあーわかってますよ、確かに出会った当初は思考吹っ飛んでそんなこともしましたとも!でも理性を取り戻した今なら―――!」
ワタシは改めて、フィーネの顔を凝視した。
絹糸を彷彿とさせる、風呂上がりで光沢を持つ美しい黒色の髪。
ぱっちりとした、見ているだけで全人類を魅了するんじゃないかと思えるほどの緑色の目。
色素が薄く、なんともキスしやすそうな愛らしい唇。
ワタシの完全なる趣味で作った、所々にファッション穴が開いた服から見える、思わず触りたくなる鎖骨。
発展途上ではあるものの、既に標準サイズはあるであろう、なによりまったく形が崩れている気配のない美乳。
アスリートのようにキュッと引き締まっているくびれ。
ちょっと小さめだけど、逆にそれがスレンダーを強調する愛らしいお尻。
スラリと伸び、適度に筋肉もついている麗しい脚。
総合評価、SSSSSS…………
「結婚してください」
「お構いなしかお前は、少しは自制しろ!」
はっ!?
おお、なんてこった、また本能剥き出しで求婚していた。
まったくなんという罪深い美しさ。
しかしどうしよう、ここから取り繕う方法は何かないものか。
いや、結婚は死ぬほどしたいっすよ?
けどほら、やっぱお付き合いも無しにいきなり結婚なんて、むこうもさすがに承諾できないだろうし。
仕方がない、ここは異世界より伝わった由緒正しき言葉、「まずはお友達から」を使うしか―――。
「いいよ」
………………………………。
…………………………………………。
………………………………………………………。
What did you say now?
待て。
落ち着こう。
驚きのあまり記憶にない言語が浮かんだけど、とりあえず落ち着こうじゃないかユリル・ガーデンレイク十七歳。
HAHAHAHAHA、ミーとしたことが随分とアメイジングな幻聴をリッスンしてしまったようだ。
おいおいおーい、ぼくとしたことが随分と間抜けじゃないか、まるで暖炉に突っ込む七面鳥のようじゃないかいジョニー?
「わんもあたいむぷりーず」
「結婚してもいいよ」
ワタシの頭に唐突にマトモな意識が戻った。
あれか、壊れたものにもう一回衝撃を与えるとなんか治るヤツ。
戻った代わりにかつてないほど思考の大渋滞が引き起こされたけど、一つずつ処理していこう。
差し当たって聞いておかなきゃいけないのは。
「結婚って何か分かってる?」
「添い遂げるとか、身を固めるとか、そういう意味」
ふむ、どうやら「血痕」とか「血管」とか「血行」とかと間違えて聞いていたわけではないらしい。
「『いいよ』というのは、ワタシと結婚するってことでオーケー?」
「オーケー」
後ろで白目を剥いている父の第九夫人になるとかでもなさそうだ。
「…………ホワイ?」
「なぜってこと?」
「いえす」
「嫌じゃなかったから」
「……………………?」
「牢であなたに助けられた後のも、今のあなたのも。どっちのプロポーズも嫌だとは感じなかった。むしろちょっと嬉しかった」
「……………………」
「だから、いいよ。ユリル」
ワタシは―――動けなかった。
こみあげてくる感情は勿論あったものの、別の考えもある。
彼女は、記憶がない。
自分の名前以外、年齢も出身も身分も、自分が何者かさえ分かっていない。
彼女のこの承諾は、もしかしたら「何かに縋っていたい」という、無意識の彼女の気持ちの表れなのかもしれない。
その縋る先がたまたま、自分を助けてくれた相手―――つまりはワタシだっただけで、彼女のそれはきっと、恋愛感情ではないんだろう。
そんな感情を利用し、彼女の人生に無闇に入り込んでいいものなのか?
いや、きっとよくないんだろう。
ワタシはフィーネの手を取り、自分の気持ちを素直に伝えることにした。
理性、本能、感情。
ワタシの胸中に渦巻いたすべてから導き出した、今言うべき言葉。
ここまで長々と語ったが、それらはこの言葉一つで片が付くのだ。
すなわち。
「よっしゃああああああじゃあ婚姻届けと婚約指輪すぐにゲットしてくるからちょいとここで待っててね愛しき妻よ、さあいざ行かんバージンロードの果てまでええええぇぇぇぇ!!」
それは!それ!!!
これは!これと―――!!!




