旅立ち
最初は師匠目線ですが、すぐにシルヴィア目線に変わります。
(ルーシュトレイド目線)
「おや、もうこんな時間ですか。私もそろそろ休むとしましょう」
そう言って、私は自分の部屋に向かった。
(それにしても……あの普段の、のんびりした様子はどう見ても素ですよね……本当に毎日毎日、夢でうなされているようには見えませんね……)
途中でシルヴィアの部屋の前を通ったが、やはり今夜もうなされているようだった。どうして、家族で幸せに暮らしていただけの彼女がこのような目に遭わなければならないのかとルーシュトレイドは、何もしてあげられない自分に怒りを覚えるのだった。
***
「ふあぁ~~ぁあ……よく寝たぁ……まぁ、いつも通りいい夢ではないけど………」
今日は、あれから一週間がたち、王都に向けて出発する日だ。
「シルヴィ!そろそろ時間ですよ!」
扉の向こうから呼ぶ声が聞こえて、私は机の上の時計に目をむけた……って………
「え!もうこんな時間?!」
時計の針は、すでに王都に向けて出発するはずだった数字を指していた。
瞬時にベッドから飛び起きたシルヴィアは近くにあった服に着替え、昨日の内に準備してあった荷物を魔法袋の中につめこんでいった。
ちなみに魔法袋とは、前世でいうところのラノべに出てくるような見た目以上にものが入る鞄のことだ。
すべての荷物を入れ終えた私は最後に、鏡の前に立った。
そこには、父と同じ色の瞳と母とそっくりの顔立ちをした私が立っていた。
そしてその首には、銀細工のチェーンで先に珍しい青色の透き通った宝石が付いているネックレスと、普段は髪に隠れていて見えない左耳についている金色の竜が描かれた白いピアスに左手で触れた。
このネックレスとピアスは、唯一シルヴィアが持っている別れた家族との思い出の品だった。
「シルヴィ、まだですか!」
「は、はーい!今行きます!」
私はそう返事を返しながら、師匠ってなんだか、せっかちなおかんみたいだな。と思っていた。
荷物を持って外に出ると師匠があきれたと言いたげな表情で待っていた。
「準備はしておくようにって、いったじゃないですか……」
「じゅ、準備は終わってました!ただ、寝坊しただけで……」
「はぁ……弁明になっていませんよ……もう十六歳になるんですから、ちゃんと時間通りに行動してください……」
「うっ…す、すみません……」
「それに、シルヴィ、あなた朝食食べていないでしょう?」
「あ」
すると、師匠は「仕方ありませんねぇ」と言って、サンドウィッチが入った袋を手渡してくれた。
「し、師匠……」
「今回だけですからね」
そういうと、師匠は少し寂しそうな顔をした。
「……じゃあ、そろそろいきますね」
私がそういうと師匠が「待ってください」と私を止めた。
「なんですか?」
「実は渡しておきたい物があるんです」
「え?」
師匠は小さな箱を取り出し、私に渡した。
開けてみるとそこには、小さな青色の魔石がついた小ぶりな腕輪が入っていた。
「もしかして、これ魔道具ですか?」
「ええ、私が作りました。それに魔力を通すと、どれだけ離れていても私と会話することができます。何か分からないことがあったり、わかったことがあったら、それで連絡してください」
私はもらった腕輪を自分の右手首に着けると、師匠に向かってお礼を言った。
「ありがとうございます!たまには帰ってきますね。行ってきます!」
「いってらっしゃい」
そう言って、私は八年間過ごした家をあとにした。
寝坊したことで時間がおしていたので、私は背中だけを竜の姿にした。すると背中に大きな水色の美しい翼が出現した。私が翼に力を込めると、翼は大きく羽ばたき私を宙に浮かせた。
家からそのまま歩いて行くと十時間以上かかるため、シルヴィアは人がいないであろう三十キロ先までは空を飛んでいくことにしたのだ。
全力で飛ばせば十分かからずに到着するだろうが、しばらく帰ってこれないので私はあえて、ゆっくり飛び自分が育った森を眺めながら行くことにした。
突然だが私には三つの姿がある。神竜族は魔法で人間の姿などに形を変えているが、私だけは魔法を使わずに三つの姿をとることができた。
一つ目は竜の姿。ほとんどの神竜族の本来の姿がこれだ。私がこの姿のときは三十メートル級の青銀に輝く竜の姿をしている。(大きさは魔法で自由に変えられるが)
二つ目は人間の姿。普通はいくら神竜族といっても魔法をつかわなければ、人間の姿にはなれないが私の場合、母が人間族なので魔法を使わずに人間の姿をとることができる。ちなみに普段はこの姿で生活している。
三つ目は人間の姿のときに部分的に竜の姿に変わっている姿。たとえば人間の姿に角が生えたり、鋭いかぎづめや尻尾がついた姿になれる。
この三つの姿はどれが本来の姿ということはなく、この三つすべてが本来の姿なのである。
ちなみに今のシルヴィアの姿はこの三つ目である。
家を出発してから、二時間ほど飛んでいくと遠くに目的の一番近くのラメルクの街が見えてきた。だれにも気づかれないように森に降り立った後、そこからは歩きで町へ向かった。
町の入り口では衛兵が検問を行っていた。次の者と呼ばれ前に出ていくと検問を行っていた衛兵が目を見張って固まった。
「えっと……どうかしましたか?」
思いきって話かけると、ようやく我に返った衛兵が、あわてたように話しかけてきた。
「い、いえ!なんでもありません!あ、あの、大変失礼なのは覚悟しておりますが、もしや貴族の方でしょうか?」
「へ?いえ、私はただの平民ですよ?」
なぜ、貴族が着ているような高価そうな服を着ているわけでもないのに、貴族と間違われたのかと私は疑問に思っていると、衛兵の人は「少し待っていてください」とだけ言い残してどこかへ走って行ってしまった。
私と師匠は主に、自給自足の生活をしていたが服などはさすがに無理なので、私もこの町には二カ月に一度ほど買い出しや作った薬を売りに訪れていた。だが、このようなことは初めてだったので私自身も驚いていた。
しばらくすると、先ほど走って行った衛兵が上司と思われる人物を連れて戻ってきた。
「あれ?シルヴィアちゃん?」
「え?あ!ガンツさん!」
衛兵の人が連れてきた人物はシルヴィアが幼いころからお世話になっている衛兵だった。
「ええ!先輩のお知り合いなんですか?!」
衛兵の人は信じられないという顔をしていた。
「ん?ああ、シルヴィアちゃんはな、ここから少し離れたところに住んでるらしくて、時々この町に薬を売りに来てくれるんだ。お前が言っているような、いいとこの生まれの子じゃないぞ?」
「!そうだったんですか……変な勘違いしてすみません……」
実際にはシルヴィアの見た目が美しすぎるせいで、貴族と間違われていた。
だが、シルヴィアは本当になぜ貴族と勘違いされたのかは、全くわかっていなかった。
ただ、この衛兵に謝られるようなことをされた覚えもないので、頭を上げるように施した。
「あ、頭をあげてください!私は謝られるようなことをされた覚えもありませんし、それにあなた新人の方ですよね?変な勘違いしても仕方ありません。お仕事大変かもしれませんけど、がんばってください」
そう言って、私は微笑んだ。
すると、みるみるその衛兵の顔が赤く染まり、ついには下を向いてうつむいてしまった。
「あの……顔が赤いですよ?大丈夫ですか?」
そう言って、私が顔を覗き込むと衛兵の人はさらに顔を赤く染めた。
「あー………その辺で勘弁してやったらどうだ?シルヴィアちゃん……」
「え?」
「……助かりました……ありがとうございます…先輩……」
「え?私何かしましたか?」
そういうと、ガンツさんと衛兵の人はなぜかあっけにとられた顔をしていた。
「あ、あの……」
あ、ああ、すまない。少しぼーっとしていた。で、シルヴィアちゃん?今日は何しにここに来たんだ?」
別に話して困ることもないので、正直に答えることにした。