マスク
「ねえ、イアンさん。どうしてここに?」
バター売り場から離れつつも、ナンナはイアンに対して疑問を口にする。
「実は私も、バターを買いに来たんです」
先程の店員から、うるさい客を追い払ってくれた礼としてもらった割引券をポケットに入れながら、イアンが言った。
「家の者が皆忙しそうだったから、何かお手伝いが出来ればと思って」
「バターは手に入った?」
「はい。帰ろうとしたところで、たまたまギルバートさんに会ったんです。彼がナンナさんもいらっしゃると言っていたので、店の中に戻ったら……」
ナンナの窮地に居合わせた訳だ。当然放っておく事など出来ずに、イアンは助けに入った。
ナンナはバターをギルバートに渡して、イアンと二人で店の外で会計が終わるのを待つ事にした。その間にも、二人は会えなかった隙間を埋めるように、少し離れて立って会話を続ける。
「ナンナさん、私があげたネックレス、つけてくれているんですね」
イアンが、ナンナが首から下げているものに目を留めて言った。
「ええ。私の宝物だから」
ナンナは微笑みながらマスクを下げて、ネックレスのチャームに口付けた。
イアンからネックレスが送られてきて以来、ナンナはそれをいつも身につけていた。そうすれば、イアンと会えなくても彼を身近に感じる事ができるし、何より、彼が自分の事を思って贈り物をしてくれたというのが、とても嬉しかったのだ。
「ナンナさん……」
イアンは幸せでたまらない、といったような顔になった。できればネックレスではなく、自分の唇にキスしてほしそうな表情だった。だが、ぐっと堪えて、「そのマスク、可愛いですね」と言った。
「お母様が縫ってくださったの」
ナンナはイアンの顔を見つめた。彼は顔に何もつけていない。
「イアンさんも、マスクをした方が良いわ。人から悪魔をうつされたり、誰かにうつしたりしないように」
「うーん。私もそう思うんですけど……」
イアンは弱り切った顔になった。
「今、どこのお店でも、布が品切れなんです。皆がこぞってマスクを作っていますから。それで仕方なく、手先の器用な弟のパトリックが、古い服をマスクに作り替えてくれたんですけど……」
イアンは懐から弟お手製のマスクを取り出した。水玉模様のピンクの布地に、レースがあしらわれたものだった。
「元は、母の古いドレスだったんです」
イアンは惨めそうに言った。
「流石にこれはつけられませんよ……」
「あら、そんな事ないわ。きっと似合うわよ」
ナンナは笑いを堪えながら言った。
「ほら、貸して」
ナンナはマスクをイアンにつけてあげた。逞しい体とファンシーな布が、びっくりする程ちぐはぐだ。ナンナは堪えきれずに吹き出した。
「ひどいですよ、ナンナさん……」
イアンは赤い顔になった。だが、ナンナにつけてもらった事が嬉しかったのか、マスクを外そうとはしなかった。