バターを買いに
それからしばらくして、ナンナはギルバートと共に市場に赴いていた。ナンナも何の気なしにくじを引いてみたところ、ギルバートと共に当たりを引いたのである。
「何だか閑散としているわね」
母の作ってくれた花柄のマスクをつけたナンナは、屋敷の外に出てすぐに異変に気が付いた。
いつもは往来の激しい大通りに、人が歩いていないのだ。ナンナたちがいるのとは反対側の道に、鳥のくちばしを模したようなマスクをつけた男がいるくらいだ。その人物も、なるべくこんなところにはいたくないのだと言わんばかりの早足で、すぐにナンナの視界から消えてしまった。
また、あちこちの店には『休業のお知らせ』と書かれた張り紙がついており、まだ営業している店も閑古鳥が鳴いている。
「いや、素晴らしいですな。皆さん、外出自粛令を守っていらっしゃるようです」
ナンナは町が死んでしまったようで不気味だと思ったが、ギルバートの見解は違ったようだ。嬉しそうな顔をするギルバートを見て、ナンナはそのポジティブさに感心した。
ナンナたちはヨキ商店へとたどり着いた。店の入り口にあったアルコールを手に塗ってから入店すると、すでにバターを持った買い物客が大勢並んでいるのが見える。
だが、他人との密着は厳禁だ。ギルバートは悪魔がこちらへとうつって来ないように、前の客と二メートルは間隔を開けて、その後ろへと並んだ。列の先にある会計のカウンターにも、普段はつけていないであろう布が垂れ下がっており、それが客と店員を遮っている。
ギルバートに列に並んでもらっている間に、ナンナはバターを確保しに行く事にした。
ナンナが売り場につくと、籠に沢山積まれていたであろうバターは、すでにほとんどなくなっていた。ナンナがそこに手を伸ばした時には、それがちょうど最後の一つだった。自分の幸運に感謝しながらも、ナンナはギルバートの所に戻ろうとした。
それと入れ違いに、一人の老人が籠の近くへ寄ってくる。老人は、もう籠に商品が入っていない事が分かると、目を吊り上げながら近くの店員に詰め寄った。