必要な手紙
『ナンナさんへ
今、王国は大変な事になっているようですね。私の家の四軒隣のバルザック家でも、感染者が出たそうです。両隣の家の庭にゴミをまき散らすようになったらしくて、昨日、私の父が司教を務める教会へと運ばれて行きました。
父は、こんな時でもお仕事を休む訳にはいきません。というよりも、こんな時だからこそ、休めないのです。例の悪魔を完全に排除する方法は未だ見つかっていないのですが、教会や修道院などにしばらく患者を隔離しておけば、神聖な力に恐れ慄いて、悪魔が患者から離れて行く事もあるらしいのです。
父は毎日聖典を読み上げ、祈りを捧げながら、悪魔と戦っています。家に帰ってくる時間も遅くなり、母も弟も、とても心配しています。父は毎日多くの『悪役病』の患者と接しており、このままだと、いつか父も罹患してしまうかもしれません。それでも父は、聖職者として、悪魔と戦う義務が自分にはあると思っているようです。
どうかナンナさんもお気をつけて。ナンナさんが感染しても、私はあなたの事を愛していますが、感染者の中には、罹患した途端に、婚約者に婚約破棄を言い渡した者もいるそうなのです。ナンナさんがそんな事を言い出したらと思うと、悲しみで胸が潰れてしまいそうです。
ナンナさんの未来の花婿 イアンより』
封筒に入っていたのは手紙だけではなかった。奥の方に手を入れると、銀のチェーンの宗教モチーフがあしらわれたネックレスが出てくる。手紙の末尾に追伸として、『私の代わりに、同封したネックレスがナンナさんを守ってくれるように祈っています』と書いてあった。
(ああ……イアンさん……)
ナンナはネックレスを握りしめながら、胸がじんと熱くなった。
彼はこんなにも自分の事を思ってくれている。それだけでナンナは嬉しかった。やはり手紙を出して正解だった。
(それにしても……罹患した途端に婚約破棄を言い出すなんて……)
イアンからの手紙を改めて読み返して、ナンナはぞくっとした。自分が感染して悪女になってしまい、イアンに「あなたなんて大嫌い! 婚約は解消させてもらうわ!」と言っているところを想像して、背筋が冷たくなる。そんな事になるのは絶対に嫌だ。
ナンナはイアンがくれたネックレスをつけながら、自分のためだけでなく、イアンのためにも、絶対に『悪役病』になどかかるまいと決心した。




