同じ穴の恋人
ナンナは、自身が持つ『悪』がイアンの『悪』を嗅ぎ当てたかのように、すぐに彼を見つける事が出来た。きっと、悪同士は惹かれあう運命なのだろう。
「捕まえた」
ナンナは、後ろからイアンに抱き着いた。
「何の用ですか?」
イアンは最初、煩わしそうに眉根を寄せた。だが、ナンナの表情を見た途端に、冷たくて平坦だった声が、張りと艶のあるものに一変する。
「良い顔をするようになりましたね」
「でしょう?」
イアンは、ナンナが変身した事に、すぐに気が付いたらしい。綺麗な顔に面白そうな笑みを浮かべていた。それに対して、ナンナは悪戯っぽい笑いを返した。
「ねぇ、あんなお粗末なキスで、私を満足させられると思ったの?」
「おや、ひどいですね。あれでも結構熱を込めたつもりだったのですが」
「えっ、本当に? あなたの一生分の愛って言うから期待したのに、がっかりだわ」
ナンナはイアンの顎の下を軽く撫でた。イアンが目を細める。
「次はもっと激烈なものをご用意しますよ」
「激烈なだけ?」
「激情も添えましょう」
イアンがナンナの手を取り、甲に口付けた。
「愛していますよ」
「あら、当然だわ」
ナンナとイアンは、もはや同類だ。同胞を厭う所以など、何もない。
「私もイアンさんの事、愛しているわ」
「知っています」
何を当り前な、と言わんばかりの口調だった。
以前と変わらない、睦まじい関係が戻ってきた。二人の間に、熱に浮かされたような密な空気が漂い始める。だが、これから訪れる事になったかもしれない甘やかな時間は、「いたぞ!」という怒声によって霧消した。
誤解が解けたらしいヨハンが、数人の警邏隊員を引き連れて、こちらを指していた。ナンナは鼻白んだ気分になりながら「何事ですか?」と尋ねた。
「お前たち二人は、『悪役病』に感染している!」
ヨハンが必死の声色で言った。
「これからお前たちを隔離する。大人しく、こちらへ来い」
「……お断りします」
イアンは言うなり、ナンナを横抱きにして、その場から逃げ出した。後ろからヨハンの「待て!」という叫びと共に、警邏隊員たちの靴音が聞こえてくる。
「すごい! 速いわ!」
周囲の風景がどんどん流れてゆくのにナンナは大喜びしながら、イアンの太い首に腕を回してはしゃいだ。イアンは、「あんまり騒ぐと落ちますよ」と冷静に言う。
イアンの足の速さは中々のものだ。ナンナを抱えているにも関わらず、みるみる内に、警邏隊員たちとの距離が離れてゆく。彼らが悔しそうな大声で悪態を吐くのが聞こえてきた。




