いつも通り
「ああ……何て事だ。……ナンナ、すぐに屋敷に帰るぞ。お前も離れに行くんだ」
「知らない人の家になんて、行きたくありません」
ナンナはつっけんどんとした調子で返した。
ナンナの中では、この男はすでに縁もゆかりもない他人だという気がしていたのだ。ヨハンが、「頼むから、そんな事を言わないでくれ」と弱り切った顔になっても、何の情も湧いて来ない。彼は困ったような仕草で肩に手を置いてきたが、それも鬱陶しいだけだった。
「私たちは家族だろう。今のお前は少しおかしくなっているだけだ。さあ、帰ろう」
「私は『いつも通り』ですよ」
ナンナは高笑いを飛ばす。言うまでもなく、嘲りの哄笑である。
変身したイアンの事は拒絶したのに、彼と同じ存在になったナンナに関しては歩み寄ろうとするその姿勢が、何とも矛盾している事にこの男は気が付いていないのだと思うと、愚かしくて仕方がなかった。それに今のナンナは、自らが元々持っていた『悪』に身を委ねただけの状態だ。何もおかしくなってなどいない。
「あなたと同じく、ね」
ナンナはこの男と同じ、『いつも通り』なのだ。ナンナは男の手を払いのけると、近くにいた警邏隊員に、憐れっぽく縋った。
「助けて! 変な男が、家に来いってしつこいの!」
警邏隊員は、ヨハンの事をうさんくさそうな目で見た。その隙に、ナンナはその場を離れる。ヨハンは追いかけて来ようとしたが、ナンナの言葉を信じた警邏隊員によって、取り押さえられた。
体がうずうずする。さなぎが蝶になる瞬間や、蛇が脱皮する時は、こんな感覚なのだろうか。古い血が流れ去って、新たな血潮が体中を巡っているようだ。変身が、こんなにすがすがしいものだとは知らなかった。だからきっと、皆容易く悪魔に変わってしまうのだろう。悪魔の持つ仄暗くも強烈な魅力には、人間は叶わないのだ。




