父の苛立ち
「ナンナ! 無事か!?」
父のヨハンだった。ナンナと目が合うと、血相を変えて駆け寄ってくる。
「お父様……どうしてここに……?」
「そんなもの、屋敷にお前の姿がなかったからに決まっているだろう」
ヨハンは、顔や手に火傷を負った娘を、痛ましそうに見つめた。自分の上着を脱いで、ナンナに羽織らせてくれる。
「悪いとは思ったが、部屋に入らせてもらった。そこで、あの青年からの手紙を見つけてな。内容も読ませてもらったぞ。それで、もしかしたら、お前も駅に行ったのではないかと思ったんだ」
あの青年、とはイアンの事だろう。マスクの下のヨハンの顔が、忌々しそうなものに変わる。
「それにしても何だ、あいつは。ナンナの事をあんな風に罵って。それも、『婚約も破棄させていただきましょう』だと? ふん、あんな男はこちらから願い下げだ」
「待ってください、お父様」
ヨハンは冷たく言い捨てたが、ナンナは慌てた。
「お父様、あれはイアンさんの本心ではありません。彼は……どうやら『悪役病』にかかってしまったらしいんです」
「だったらどうした」
ナンナは思い切って告白したが、ヨハンは目元に皺を寄せただけだった。
「あの男は、お前をこんな酷い目に遭わせたんだぞ。『悪役病』など関係ない。そんな事をする奴に、うちの娘がやれるか。婚約を解消するのは当然だ。奴が後悔して謝ってきても、許してやるものか」
「お父様……?」
父のやけに頑なな態度に、ナンナは、ふと違和感を覚えた。
「まさかと思いますが、お父様も『悪役病』に……」
「何を言っている」
ヨハンは眉をひそめる。
「そんなものにかかっている訳ないだろう。私はいつも通りだ」
(本当に……?)
本当に、そうなのだろうか。ナンナの大切な人を取り上げてしまおうとしているのに、それが『いつも通り』だと言うのか。




