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「待ってください」

 イアンは、出口を探そうとするナンナを制した。彼が向かったのは、瓦礫の山に体を挟まれた、モーティマー氏のところだった。


「……生きているの?」

 モーティマー氏は頭から血を流して、ピクリとも動いていなかった。だがイアンは、神妙な顔で「はい」と頷く。


「まだ脈があります。気を失っているだけなのでしょう」

 イアンは、モーティマー氏の体に乗っている煙を上げる瓦礫を退かそうと、その端に手を掛けた。火傷の痛みを懸命に堪えるように、端正な顔を歪めている。


 早く逃げないと自分も危ないというのに、イアンは、まだモーティマー氏を助けようとしていた。あの性格の激変ぶりを見てもなお、悪に落ちてしまった父親を見捨てる事など、心優しい彼には無理だったのだろう。欠点とも美点とも言えるような実直さだ。


「……馬鹿な事をしているって、思っていますか?」

 イアンは、ナンナが複雑そうな目で自分を見ている事に気が付いて、苦笑いした。


「……ナンナさん、天井が落ちてきた時に、父は私を庇ったんですよ。だから私は、大した怪我をしていないんです」

 イアンが漏らした告白に、ナンナは目を見開いた。あの悪心の塊となってしまったモーティマー氏が、自分の身も顧みずにイアンを助けたというのか。


「ナンナさんは、人間は最初から悪の側面を持ち合わせていると仰っていましたね。でも、それだけではなくて、善なる面も内包しているのではないでしょうか。悪魔の手によってでも、決して消し去れないくらいの強い善の心を」


 モーティマー氏が息子を庇ったのが、まさにそれだと言うのか。そう言えば、とナンナは思い出す。モーティマー氏は自分の息子を誘惑したとして、ナンナを罵倒していた。あれも、彼の心に残っていた至善の現れだったのだろうか。モーティマー氏は、今回と同じく、無意識の内に自分の愛息子を守ろうとしたのかもしれない。


「ナンナさん……父は、確かに『悪役病』にかかって、悪魔そのもののようになってしまいました」

 イアンは瓦礫を持ち上げながら言った。


「それはもう仕方のない事です。でも、私たちはまだ悪魔に憑かれていません」

 パラパラと細かい破片が落ちてゆく。瓦礫の下に、隙間ができ始めた。


「だとしたら、悪魔になるかならないかは、自分で決められると思いませんか?」

 

 自分の在り様は自分で決められる。イアンの心からの訴えだった。思いもかけなかった言葉に瞠目したナンナは、すでにぼろきれの様になったドレスのスカート部分を破いて二つに裂き、自分の手のひらに巻き付けた。


「確かに……そうかもね」

 ナンナはイアンの横に立って、自分も瓦礫に手を掛けた。炎に炙られた天井の残骸は焼けつくような熱さを持っていたが、布越しのナンナは、そこまでの苦痛は感じない。


「私、うっかり自分で悪魔になろうとしていたのね」


 それは、『悪役病』にかかる事などよりも、よほど恐ろしい事だった。強制的に悪魔にされる事と、自分から悪魔になる事はまるで違う。どちらの方がより邪悪なのかは、考えなくても分かった。


 二人分の力が加わった事によって、瓦礫は一気に上へと持ち上がり、向こう側に倒れた。下敷きとなっていたモーティマー氏の体が現れる。


「さあ、行きましょう」

 ナンナは、イアンが父親を背負うのを手伝った。


「三人で、ここから生きて出るの」

「はい、もちろんです」

 イアンは力強く頷いた。

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