駅前の騒動
ナンナは屋敷を出た。相変わらず通りには人影がなく、非常に静かだ。
この町には、駅は一つしかない。そこはコルヌール家の屋敷から歩いて行ける距離にあったので、ナンナは目的地まで迷う事なく到着した。
駅の周りでは、すでに騒動が起こっていた。『都市封鎖反対!』、『王を処刑せよ!』、『邪神を倒し、新たな神を受け入れろ!』などなどの文句が書かれた木の板を持った者たちが、大声で叫びながら行進していたのだ。
一体何事かと思ったが、彼らの言葉を聞いている内に、おぼろげながらも事情を察する事ができた。どうやら都市の完全封鎖政策に反対する過激派たちが、『悪役病』の流行によって勃興してきたカルト教団と手を組んで、デモを行っているらしいのだ。
参加者は若者から老人まで様々だったが、その中でも一際目立つくらい小さな、せいぜい十歳前後ほどの男の子がいた。
中年の男性に手を引かれ、べそをかきながら無理やり行進に参加させられているその子は、黒髪と茶色い目で、イアンをそのまま幼くしたような外見をしていた。ナンナはモーティマー家に遊びに行った時に、彼と会った事があるので、その子がパトリックだとすぐに分かった。
「パトリックさん!」
「え……ナンナさん?」
ナンナが大声で名前を呼ぶと、パトリックは目を見開いた。
「どうしてここに?」
「あなたを助けに来たの! イアンさんも、向かっているわ!」
「何をしている」
パトリックが誰かと話しているのに気が付いた中年男性が、不愉快そうな声を出した。イアンとパトリックの父親のモーティマー氏だ。
氏は苛立ちながら声の主を探し、ナンナを見つけた。イアンとそっくりの茶色い目が酷薄な光を帯びる。そのあまりの鋭さに、ナンナは背筋が冷たくなった。いつものモーティマー氏は、聖職者然とした、優しさと包容力に満ちた人だった。覚悟していた事とは言え、ナンナはその変貌ぶりにショックを受ける。
「イアンの婚約者のナンナ嬢か」
「モーティマーさん、お久しぶりです」
ナンナは、出来るだけモーティマー氏を刺激しないように気を付けながら挨拶した。
「私、パトリックさんに用があるのです。彼と向こうで話してきても構いませんか?」
「貴様には用があっても、パトリックにはない。そんな事も分からないのか、この馬鹿娘が」
モーティマー氏は素気無くナンナの申し出を却下した。
「大体貴様の事は、前から気に食わんと思っていたのだ。貴様はイアンを汚い手管で惑わして、腑抜けにしてしまう毒婦だ。それが今度は、パトリックまで誘惑しようと言うのか? この売女め」
モーティマー氏は、ヨハンやイアンが聞いたら激怒しそうな言葉でナンナを罵った。パトリックはそんな父を、怪物でも見るような目で見上げている。
「どこかへ行ってしまえ。二度と私の視界に入るな」
そう言いつつも、モーティマー氏は息子の手を強い力で引いて、行進する人々のさらに奥に入っていこうとする。ナンナがそれを止めようとした時、背後から声が掛かった。
「父上! パトリック!」
そこに立っていたのは、息を切らして汗をびっしょりかいたイアンだった。




