コルヌール家の危機
その日から、ノーラは離れに隔離された。検査を受け、案の定、『悪役病』に罹患している事が判明したのだ。感染経路は、例の非合法パーティーだと思われた。屋敷に帰って来てから彼女が触った所や立ち入った場所にはアルコールや聖水がまかれ、念のために聖職者が来て、丸三日に渡る聖典の読み上げが行われた。
『イアンさん。私、どうしたらいいんでしょう』
聖職者が帰っていった後、ナンナはすぐにこれまでの事を、イアンに手紙で知らせた。
『離れからはしょっちゅう高笑いや、物が壊れる音が聞こえてきます。ノーラは、とても横暴に振る舞っているようで、今朝、彼女の世話をしていた使用人が、泣きながら父に暇乞いを申し出てきました』
幸いにも、父が説得して、その使用人は他の業務に回してもらう事を条件に、退職を思いとどまってくれたが、こんな事を続けていたら、ノーラの面倒を見るどころか、この屋敷から人がいなくなってしまうかもしれない。
ナンナは昨日、使用人が立ち話をしている所に偶然居合わせてしまったのだが、彼女たちは、「他の勤め口を探した方がいいかしら」と不安そうな顔をして囁き合っていたのだ。
『本当は宗教施設に入れたいのですが、どこもかしこも満杯で断られてばかりです。もし良ければ、イアンさんのお父様が司教をなさっている教会に、空きがないか尋ねてみてくれませんか? この際、宛がわれるのは、納屋や馬小屋でも構いません』
家に一人『悪役病』患者がいるだけでも、この疲弊ぶりなのだ。教会や修道院はどこも阿鼻叫喚だろう。そんな中でも職務を投げ出さずに奮闘している各宗教施設の職員には、頭が下がる思いだった。
だが、誰もがそのように感じる訳ではないらしい。中には、宗教関係者が『悪役病』を患者たちから運んでくるとして、彼らを嫌悪する者もいるのだ。ある修道士は買い物をしようと商店に行ったところ入店拒否され、あるシスターは通りがかりに石を投げられたという。
きっと、イアンの父も大変な目に遭っているのだろう。こんな事を頼むのは気が引けるが、もうこれ以上はナンナたちの手に負えそうもないのだ。ナンナは、のろのろとした手つきで手紙を鳥の足に括りつけて、外へ飛ばした。
鳥を見送った後、ナンナは棚から箱を取り出した。中に入っていた紙片を机の上に置く。ノーラが破いてしまったイアンからの手紙だ。ナンナはそれをどうしても捨てられずに、こうして取っておいて、暇があればパズルをするように紙を繋ぎ合わせて、元の形に復元しようとしていたのである。
だが、まだまだ先は長そうだ。大事なものなので人に任せる訳にもいかず、ナンナはいつも一人で、この細切れたちと格闘していたのだった。




