我儘お嬢様の憤懣
ナンナはイアンからの手紙を広げて読んだ。近況報告と、愛の言葉が並べられた文面を堪能した後、ナンナも返事を書く。今のところ、イアンは変わりなく過ごしているらしい。
だが、ナンナの方はそうもいかなかった。外出できない事に対する妹のノーラの憤懣が、日に日に増していっているのだ。文句を言う回数もずっと多くなり、屋敷の者は皆、辟易している。
そんなノーラの不満は、昨日の夜についに絶頂に達した。というよりも、彼女の腹の奥に溜っていたものが、些細なきっかけで爆発してしまったのだろう。家族で夕食をとっている時に、父からちょっとした食事のマナー違反を指摘されて、癇癪を起こしてしまったのだ。
――もうこんな家、出て行ってやるわ!
ノーラはそう叫んで、正面玄関に走っていった。屋敷を出る前に、何とか使用人が捕まえてくれたが、そうなってもノーラは散々抵抗して、ついには自室に軟禁される事態にまで発展したのである。
(イアンさんも出掛けるのが好きだけど、大丈夫かしら……)
彼の書いた手紙の文面からは、苛立ちのようなものは何も感じられないし、バターを買いに行った際に商店で偶然会った時も、おかしなところはないように見えたが、その実、彼もストレスが溜っているのだろうか。
ノーラのように躍起になって、何かしでかさないといいんだけど、と思案しながら、ナンナは手紙に『何か気を紛らわせるのにいい方法があれば、教えてください』と書いておいた。イアンによい考えがあれば、それをノーラに教えてあげようと思ったのだ。
インクが乾くのを待って、ナンナは手紙を鳥の足に結んだ。窓を開けて、それを放す。ナンナとイアンを結ぶ使者は、雲一つない真昼の空へ向かって軽快に羽ばたいていった。
一仕事終わったナンナは、お茶でも飲もうと部屋の外に出た。だが、その途端に異変に気が付く。廊下が妙に騒がしいのだ。
何かあったのだろうか、と思って人を探していると、深刻な顔で使用人と話しているギルバートを見つけた。彼は、ナンナが何か尋ねる前に事情を説明してくれる。
「ノーラお嬢様のお姿が、どこにも見当たらないのです」
何でも、使用人が彼女の部屋へと食べ物を差し入れようとドアをノックしたところ、中々返事がなかったので不審に思い入室してみると、部屋はもぬけの殻になっていたらしい。窓が開いていたので、そこから出て行ったと考えるのが妥当だろう。
「庭も探しましたが、どこにもいらっしゃいませんでした」
まさかの出来事にナンナが愕然とする中、ギルバートは眉間に深い皺を刻みながら続ける。
「恐らくは、屋敷の外に出て行ってしまわれたのでしょう。捜索しようにもこの状況下ですので、今、旦那様が警邏隊宛てに、外出の許可願いをしたためていらっしゃるところです」
現在の王国では、勝手に外出すれば、問答無用で逮捕されるのだ。それを避けるためには、外出の理由など書き連ねた、外出許可願いを出さなければならない。もどかしくなるような煩雑さだが、『悪役病』が蔓延しているとあらば、仕方のない措置とも言えた。
「ノーラはどうなるの?」
ナンナは額に手を当てながら呟いた。
「ノーラが許可願いを出してから外出したなんて思えないわ。あの子も、捕まってしまうのかしら」
「旦那様は、すでに保釈金のご用意をなさっておいでです」
ギルバートは、ちっとも慰めにならないような事を言った。




