4 ヌーラムの水上料理店
夏日が暮れてまもなく、大河マグナ・フルメナにせり出す客席に、川からの涼風が吹く。
テーブルの様々な色の灯りが、笑顔を浮かび上がらせる。
ヌーラム一の料理店では、大勢の客がにぎやかに食事を楽しんでいる。
中でも、とりわけ騒々しい一団がいた。
「だから誤解なんだって! もちろん、その……先々の……やくそくは……」
先ほどからアルは、特大の腸詰めを皆の分取り分け、細かく細かく切っている。赤い顔で、横に座る月の巫女、エレノアの様子をうかがう。
彼女は終始、口もとに手をやり笑っていた。
「いつも真っ先に自分が食べるくせに変だ!」と、マルコは男らしく麦茶をあおり、アルをにらみつけた。
早くも赤ら顔のゴードンが奇声を上げる。
「オーー! 癒し手わあ、月の巫女! ケッコンしたら、巫女でなくなってしまうー!」
「どういうこと?」
酸っぱい野菜のマリネを口に運びながら、マルコが鋭い視線をゴードンに向ける。
ゲオルクは嫌な予感がして、そーっと手でバールの耳をふさごうとする。
が、バールはそれを手で払うと、耳をすました。
ぐっぐっとエールを飲み干し、ゴードンは続ける。
「月の巫女はなっ! 生娘でないと、霊力を失うのだ!」
髭から泡を飛ばしながら叫んだ後、ゴードンはテーブルにこぼしたエールをその髭でふく。
マルコは思いきりむせて咳きこみ、なんとかマリネを飲みこんだ。
アルは眉を下げ、「ゴメンねゴメンね。普段こんなじゃないんだけど」とエレノアに必死に謝る。
だがエレノアは、ゴードンを指差し、腹を抱えて笑っていた。
ふと、視線に気づく。すると頬を赤くし、マルコとバールに片目をつむってみせた。
「そう。だからわたしね、今はまだ、誰のものでもないの」
マルコとバールは、同じ動作で、空の皿に目を落とした。
◇
「実に、めでたいじゃないか!」
ゲオルクが何度目かの乾杯を、皆に強要する。
マルコは義理で杯を上にあげた。ゲオルクが懸命に腕を伸ばして杯をあてる。
「甥っ子が、こんなに早く人と仲良くなるのは初めてだ! マルコさん、少なくともあと100年! 友達でいて欲しい!」
「彼は、そんなには生きられん」
テーブルに突っ伏すゴードンがつぶやいた。
バールとゲオルクは驚き、「なぜ?」と瞳で訴える。
「第三の民ゆえ。せいぜい……もって、あと80年ではないか?」
そう聞くと、二人のドワーフは涙目になって下を向いた。
アルとエレノアは、二人で肩を震わせ、必死に笑いをこらえている。
マルコは鳥の骨付き肉にかぶりついて、「もぐ。……それだけ生きれば、充分だけどね」と苦笑いした。
◇
壮年の給仕が小エビのスープを配膳すると、アルが張り切った声を上げた。
「今日のおすすめのお魚は、何ですか?」
給仕は前かけで手をふきながら応じる。
「あれ? ご存知ないんで? 西の漁村。ぴ、ぴ––––」
「ピスカントル」
アルが即答した。
「そう、それ! 戦がおっぱじまってね。うちもそりゃもう大変でさあ。海のものはね、この乾燥小エビが最後」
「しょ、食材に困ってるんですか」
バールが口をはさむ。
するとゲオルクは、瞳を輝かせて、甥の姿を見た。
「え? そうだなあ。まあ新鮮な魚は、そりゃあ我慢するしかなくてね。だけどまあ、干物とか塩とかね。
あそこは南の蛮人とも商いしてて、珍しい調味料もあってね。だけどその相手とケンカになったっていうんだから始末におえねえ」
饒舌な給仕が答えると、バールはゲオルクとひそひそ話す。
アルはがっくりと肩を落とし、意気消沈していた。
「スープ美味しいね」と、エレノアがマルコに声をかける。
マルコは「んあ? そうですね。海の味がする」と答え、お互いに笑い合った。
◇
炒めた塩漬け豚とエリンギ、菜っぱが入った混ぜご飯を、マルコは夢中でかきこむ。
一同は、次の計画を話し合っていた。
「封鎖がとけるまで宿に泊まるには、路銀が心もとなくて……」
グラスを傾けながら、アルがこぼした。
パンをちぎりながら、すぐにゲオルクが答える。
「まさか! そんな時こそ、求められる物を運ぶのが、旅商人だ」
酔いざましの水を飲みながら、ゴードンが口をはさむ。
「ゲオルク、彼らは旅人だが、商人ではない。
そういう事もあろうかと思って、ここらの依頼事を聞いた。アルに向いてそうなのが、2つあるぞ?」
「……いや、目的はあくまで王都だ。それまで、あまり危険な真似はしたくない」
アルは答えて、ご機嫌にさじを動かすエレノアを見たあと、ご飯を頬張るマルコを見つめた。声をかける。
「マルコ! 美味しいご飯を食べられるのはここまでだから、しっかり味わって!」
驚いたマルコは、あわてて口を動かすと、ゴクリと飲みこんで聞いた。
「どういう事? この先は何を食べるの?」
「…………。パンだっ!」
苦々《にがにが》しくアルが吐くと、笑顔でパンを口に運ぶバールとゲオルクの動きが止まった。
マルコはほっとして「なんだよ……パンも好きだよ」とぶつぶつ言う。
バールは、おずおずとアルに尋ねる。
「だ、第三の民は、コメが好きなのか?」
「もちろん! 大河から南は皆コメ好きだ」
アルは根拠もなく答えた。
エレノアが、マルコに向けて肩をすくめてみせる。
だがバールは強くうなづき、伯父とひそひそと話すと、次はゴードンに聞いた。
「ご、ゴードンおじさん。さっきの話だけど、どんなイライゴトが?」
ゴードンは「む?」と驚き、椅子に座り直した。
「一つは、ここから東にある館の調査。
墓場にあって、前から気味悪がられているそうだが、辺りで行方不明の者がいる。叫び声を聞いた者も」
はっとしたアルは、エレノアに目配せすると、腕で大きなバツ印を作る。
「それはパスっ! たぶん行ったことある。……危険な所だ」
月の巫女エレノアは、不安げに首飾りに手をあてる。だがアルを見上げると、「思い出もあるよね」と頬を染めた。
そのつぶやきを聞いて、マルコは首をかしげた。
ゴードンが続ける。
「ではもう一つ。……先ほどの話だ。
西にある村、ピスカントルが戦の手伝い人を求めている。
戦とはいえ、小さな村同士の小競り合い。数十人の喧嘩だ。治療や食料の支援も訴えている」
あわただしくバールとゲオルクが背を向け、ひそひそひそと内緒話をはじめた。
「じゅるっ」と何かをすする音がしたので、マルコは目を向けた。その先では、アルが口もとに手の甲をあて、遠い目をしている。
何かを察したマルコが、エレノアに訴えようとしたその時、爆発音が鳴った。




