1 大河マグナ・フルメナの封鎖
白銀に輝く水面が、模様を変えて流れる。
まばゆい夏の日差しの下、なんとか向こう岸を見ようと、マルコは両目の上に手をかざす。
ほとりに、羽は黒く体は白い水鳥が舞う。
雄大な流れに沿って、旅の一行は街道を西へ歩いていた。「川というより海みたい」と、マルコは大河マグナ・フルメナの風景に感動した。
しかしゴードンは、先の光景に目をやり、低くつぶやく。
「妙だな。船がない。橋を歩く者もおらぬ」
驚いたアルが、大河の彼方に小さく見える石橋に目を凝らし、叫んだ。
「そんな! ……マルコ、急ごう」
◇
旅の三人は、王都につながる巨大な橋のたもとに呆然と立っていた。
橋を埋める金属鎧の軍人と、大声を上げて詰め寄る人々。
一行は、騒然とした群衆に近づけなかった。ゴードンがふり向く。
「私が事情を聞いてこよう」
そう言うと、返事も待たずに王立軍のもとへと、どたどた駆け出した。
不安が募るマルコが、アルの顔を見上げる。するとアルも、「大丈夫だから」とぎこちない笑みを返した。
◇
ヌーラムに入ったマルコは、にぎわう街の彩り豊かな建物の間を歩いている。
青や黄の派手な色の垂れ幕を見上げ、すっかり目を奪われていた。
顔までかかる垂れ幕を次々とくぐる。そのたびに、両脇の露天商が声をかけてきて、自慢の珍しい商品を売りこんだ。
見たことない色と形の果物や、どんな動物だか想像もつかない巨大な肉の塊。艶やかな衣服もあれば、繊細な細工が施された小さな調度品もあった。
もの珍しさに目移りしながらも、マルコは前の二人の会話に耳を傾けていた。
弁明するようなゴードンの声を、彼は初めて聞いた。
「私にも勤めがある。封鎖の元凶である川賊討伐の任に就かねばならぬ。
代わりといってはなんだが、力になれる親族がここにも––––」
「ゴーディ! わかるだろ? 私たちの守り手は、あなたでないとダメなんだ」
アルが、杖を上げて必死に懇願している。
マルコがゴードンの背中を見ると、広かった肩幅は、丸く小さくなっていた。
「それを……言わんでくれ。
まずは、戦士を探す。次は癒し手だ」
「いや、それなら––––」とアルは反論を続けたが、マルコの耳には入らなかった。
街に入る前、ゴードンから受けた説明を、彼は頭の中でまとめていた。
大河の往来を狙う川の賊の被害が増え、事態を重くみた王が、川を封鎖した。
大橋の通行も禁止され、商人含め誰も通れない。
つまり、南から王都へ行くことができなくなった。
神官戦士であるゴードンは、王立軍から、川賊討伐の任務を知らされた。川族の勢力は大きく、急いで対応が必要らしい。
さらにゴードンの考えだと、南の山賊––––ルスティカの『守り神』マグナスを恐れた者たち––––が、北上して加わっていたのではないか、との事だ。
なので一行は、ヌーラムの街でゴードンに代わる守り手、戦士と神官を探している。
しかし、アルはまだ反対している。
そしてマルコは、ゴードンとの別れを実感できないでいた。
◇
「いた! この季節ならと思ったが、やはりだ!」
ふり返ったゴードンは、汗だくの顔にほっとした笑顔を浮かべた。
こちらも汗だらけのアルが、杖を支えになんとか首をあげる。
マルコは、ゴードンの指差す先を見つめた。
広場の片隅におんぼろ馬車が置いてある。
茶色い髭を三つ編みに、髪を後ろに流したドワーフが、忙しそうに荷運びする。運ぶ先は、貴金属の店のようだ。
「さっそく紹介しよう!」
元気を取り戻したゴードンを見て、マルコとアルは顔を見合わせ微笑んだ。
◇
「いよー! ゴードン、久々じゃないか!」
茶髪に三つ編み髭のドワーフは、満面の笑顔を見せる。
「オーホホ! ゲオルク、元気そうだ!」
ゴードンが両手を広げ応じる。
そして二人のドワーフは互いに駆け寄り、思い切り頭をそらせると、ガッ! ゴッ! と鈍い音をたてて額をぶつけ合った。
ゲオルクと呼ばれたドワーフが続ける。
「嬉しいじゃないか! 王都の従兄殿が会いに来てくれるなんて」
ゲオルクの額が割れて、目の横を赤い血が流れ落ちた。が、無邪気な笑顔のままだ。
おののくマルコは、震える指で彼をさす。
アルは杖を握りしめ、目を見開くばかりだった。
◇
ゴードンは、ドワーフとしては極めて簡単にマルコとアルを紹介した後、さっそく本題に入った。
「立派な旅の方なのだ! 私に代わる護衛を探している。報酬は、これだ」
そう言って、あのマグナスの大剣を乱暴にゲオルクに押し付けた。
ゲオルクは、いぶかしがってそれを手に取る。
アルは「その剣を?」と驚いたが、ギロリとゴードンににらまれた。
ゲオルクは戸惑うように「だけど、お二人のご親戚の名もまだ知らぬのに……」とつぶやく。
「曰く付きの、価値あるものだ!」
ゴードンは両手を広げ主張した。
すると大剣を手にしたゲオルクの目が光り、店の奥へと声をかける。
「おーいっ! バール! バルタザール、ちょっと来てくれ!」
店頭には、銀や鋼ののべ棒、そして色とりどりの装飾品が並ぶ。
その奥の暗がりから、三人目のドワーフの影があらわれた。
マルコは、その意外な姿を見て、ポカンと口を開けた。




