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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
3.魔にいざなわれし者
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17 夜明け前

 夜明け前の星空の下、なかの町の通り。

 マルコは、またアルからもらった、あの青い薬を飲みながら、先を歩く二人を見た。

 アルが背中を丸め大杖をついている。

 報酬代わりなのか、ゴードンはマグナスのあの大剣を背負っている。みな、つかれて歩みが遅かった。

 ゴードンがいきどおっている。


「第三の民のやる事は、いつもこうだ!

 根本の解決をおこたり、問題を大きくする!」


 ぼんやり前を向いたまま、アルが答える。


「……その一員として、弁明はしないよ」


 それを聞くと、ゴードンはつぶやいた。


「……いや。貴公は違う」


 彼は立ち止まって、アルを見上げた。

 アルは、星明かりの下で、ドワーフの目が銀色に光り不安になった。だが目が慣れると、ゴードンが真剣な瞳でアルを見ていることがわかった。


「雪壁山脈の狂戦士バーサーカー。その昔、私が腕っぷしだけの若造だった頃、東から王都に攻めてきた––––」


     ◇


 200年ほど昔、王都の高い城壁前。

 数百ものドワーフと人間の混合戦士団が敵を迎えていた。

 手には鋭利な斧や剣。鉄の甲冑をまとってつのが付いた兜をかぶっている。

 その中に、若きゴードンがいる。彼は兜を目深にかぶり、正面の敵勢をながめながら、恐れで歯を鳴らした。


 城壁前の平原で、千もの蛮人の軍勢が二度足踏みをして、「オォ!」と吠えた。

 獣の皮をまとい、取り憑かれたように叫びながら、四つ足で駆ける狂戦士バーサーカー

 ドワーフ軍に次々と飛び込んだ––––。


 ゴードンは述懐する。


「常軌を逸した戦いぶりに、多くの同志がやられた。

 私は彼らに、何もしてやれなかった––––」


 ドワーフの俊敏な一振りを獣の動きでよけると、狂戦士バーサーカーは相手の背中に手斧を打ち込む。

 あまりの素早さにゴードンは驚愕し、後ずさりした。

 編み込んだ白髪を兜からふり乱して、老ドワーフが叫ぶ。


「戦士のたたかいにあらず! 小僧、退がれ!」


 老ドワーフの首筋を別の狂戦士バーサーカーが噛みちぎり、血が噴き上がった。ゴードンの目の前で老ドワーフは地に倒れる。

 すると、狂戦士バーサーカーの獣たちは次々と右手に退却した。


 入れ替わるように、平原の左から馬が引く戦車の軍があらわれる。

 先頭の戦車で、橙と深紅の髪が横になびいている。

 その火色ひいろの長髪の男が、片手をふり上げると、戦車の一軍から矢の雨が天に放たれた。


 火色ひいろ髪の男の口もとがゆるみ、頬は刺青いれずみが走る。鋭い眼差しを城に向けると、額の王冠で、小さなマリスの黒石が、紫色の光りをにじませていた。


     ◇


いくさのあと私はいやし手になる決意を固めた。それで、神官戦士の門をくぐったのだ」


 それを聞きながら杖を持つ両手をがたがた震わせ、アルは目を合わせられないでいた。

 ドワーフは続ける。


「あのような、御先祖様の深い業と、貴公は向き合っている。

 人生をかけて、マルコの持つマリスの問題を解決しようとしている。……違うか?」


 アルは「あ」と一声もらしたあと、ドワーフから顔を背けた。肩が震えだす。

 ゴードンは、ごつごつした手をアルの肘にあてた。


「アルフォンス……キリング。短命の種族。

 かつての狂戦士バーサーカーのマリスを運び出すため、異邦人を召喚。その運び手を守る者。

 うむ。第三の民にしては、貴公はなかなか骨のある奴だ!」


 野太い声の称賛のあとも、アルは肩を震わせるばかりだった。

 しかしやがて、ふり返って涙顔を見せると言った。


「今は、一人じゃない。マルコと一緒だ」


 魔法使いとドワーフは、控えめに微笑み合うと、後ろをふり返った。

 マルコは、青い薬がまだ残ってないかと、傾けた瓶の口をなめていた。


     ◇


「マルコーーーッ!」


 ぽつぽつとしずくが落ちて、マルコが星空を見上げた時、張りのある声がとどろいた。

 ふり返ると、バルドとダニオの兄弟がこちらへと走ってくる。


 ダニオは、マルコの前までくると、膝に手をあて息を切らした。

 バルドはそのままアルへ近づき、「これ食べ物」とか「この先に休ませてくれる農家が……」など、ひそひそと話しをはじめる。


 マルコは、あの戦いの事を問われるのではないかと、不安な目でダニオをながめていた。

 やがてダニオが、顔を上げ真剣な目をマルコに向けた。


「また、来るよな? 好きな子に会いに、王都の次は、南の村に戻るんだろ? その時、ここに、会いに来てくれるよな?」


 少しほっとして、マルコは力ないかすかな笑みを浮かべる。


「……そうだね。うん。そうするよ」


 だがマルコは、端村はしむらへ戻りたいとダニオに話したのが、なんだか、遠い昔の事のように思えた。

 ダニオは、ほっと笑顔を見せたあと、必死な眼差しに変わる。


「お……教えてくれっ! 俺と、あの男は、何がちがう?」


 さあと音をたて、小雨がふりはじめた。


 マルコは髪を濡らしながら、「え?」と驚く表情を浮かべたままだ。

 息を継いで、ダニオが続ける。


「す、好きなひとができて、剣をとった。そのひとを守りたくて、別な人を殺した。

 教えてくれ! あの男と俺は、いったい、何が違う?」


 そう吐き出すとダニオは、また膝に手をあて下へ息を吐いた。

 マルコはじめ一同は、雨に濡れるまま立ち尽くしている。

 バルドが、肩で息をする弟に近づいたあと、ふり返ってマルコを見つめた。

 前髪からしずくを垂らしながら、やがてマルコが答える。


「……大丈夫だよ、ダニオは。バルドさんやルーシーさん、周りの人をこれからも大切にして。

 そうすれば……絶対に大丈夫!」


 力強い言葉に安心して、ダニオはほっと顔を上げた。だが、その表情がさっと曇る。

 目もとが陰にかくれたマルコは、微動だにせず、口だけを動かした。


「でも……用心して。この世には、なにか、その、ちからがあって……。

 それに出会うと、正しい事をしているつもりでも、思ってもみないような、ひどい事が起きたりする。

 僕も、最近わかったんだ。だから……用心して」


 ぽつぽつと語られるマルコの言葉を、ダニオはゆっくりと噛みしめて、「わかった」とつぶやいた。

 しかし、濡れた髪をふり乱して顔を上げると、答えを求めて、絶叫する。


「でも、どうすればいい? もし、そんな、そういうちからに出会ってしまったら。その時俺は、どうすればいい?」


 ざあと雨が大ぶりになった。

 アルも、ゴードンも、濡れるままマルコを見つめている。

 雨のしずくは止めどなく、涙のようにマルコの頬をつたう。唇は、開こうとはしなかった。


 地面に、白いもやが立ち込める。

 まだ、日は昇らない。

 誰もが、夜明け前の暗がりにとらわれてしまって、いつまでも、動くことができないままでいた。

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