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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
3.魔にいざなわれし者
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12 雨上がり

 ルスティカの裏山の空き地で、雨はすっかりやんでいた。


 ゴードンは、となりで詠唱を続ける魔法使いに聞きたい事が山ほどあった。

 だが、アルはずっと目を閉じ集中している。杖のグリーが、ひときわ白く輝く。

 ゴードンが不思議に思ったことには、アルの唱える声が何重にも重なって聞こえていた。

 ゴードンがマルコに目を落とすと、その身体を白く柔らかい光りが包み、やがて顔色が良くなっていった。右手には暗い袋がかぶさり、しっかりと縛ってある。


 ふうと一息吐いて、アルが目を開くと、ゴードンは間髪入れず尋ねた。


「影響を……受けないのではなかったのか?

 グリーも……マリスも」


 アルは、つかれ切った眼差しをゴードンに向けた。


「召喚に用いたこのグリーなら、彼を再生できる。……今の私では、とても時間がかかるけど」


「マリスは? あれは、あれは何だ?」


 たたみかけるゴードンに、アルは力なく首をふった。


「わからない……。このマリスがすでに、マルコをあるじとみなし……助けたのかも」


「どういうことだ?」


 食い下がるゴードンに、後ろからダニオの声が響く。


「ドワーフ戦士さん! マルコの手当てが終わったんなら、ルーシーが向こうに……」


 ゴードンは手をふって返すと、低い声でアルに急ぎささやいた。


「では貴公の言葉。『父さん』とは?」


 アルは観念したように息を吐くと、生気のない目をゴードンに向けた。


「キリング家は雪壁山脈の狂戦士バーサーカーの末裔だ。

 私の一族は、古代の昔から、マルコの、……マルコが持つマリスをあがめ、そして……支配されてきた」


 それを聞くと、ゴードンの表情はみるみる険しくなる。


「雪壁、狂戦士バーサーカー……あの王都まで攻め––––」


「戦士さまっ!」


 ダニオが泣きそうな声で訴えた。

 ゴードンはアルをにらんだまま、戦斧を手に立ち上がる。そして、きびすを返してダニオの元へと駆けていった。


     ◇


 マルコが目を開くと、星空が見えた。次に背中の振動に気づき、自分が今、荷車で運ばれているのだとわかった。

 頭の上から懐かしいような声が聞こえる。


「助かるよ、ロッコ」


 アルは、小柄な青年ロッコに、優しい笑顔を向けていた。


「そんな! ……何度も行ってるから」


 そう言いながらロッコは、嬉しくてたまらないように顔がほころぶ。

 ロッコとアルが荷車を引いて、裏山の小道をくだっている。一行は、なかの町の寄り合い長の家まで、避難することにした。ロッコが、その案内人だった。


 マルコが頭をもたげると、荷車の後ろをゴードンと青年団の若者が押している。

 マルコと目が合うと、ゴードンは穏やかに笑った。


「大儀だったな。まだ休むといい」


 マルコはゴードンに力なく微笑み、つぶやく。


「……ルーシーは?」


 ゴードンはニカッと笑みを浮かべると、後ろを見て答えた。


「お嬢さん方は無事だ。奥の小屋から救出するのは容易たやすかった。山賊はほとんどが逃げおった。……あの戦いを目にしたらしくてな」


 言いずらそうに答えると、ゴードンは鼻を指でかいた。

 マルコは荷車の後ろの小道をながめた。道の両端は、青年団の若者たちがキョロキョロと警戒しながら松明たいまつをかかげ歩く。

 その間には、白金色の髪の女が五人。バラバラな年代の女が皆、つかれたように歩いている。

 一番若く、綺麗なドレス姿の娘がルーシーだろう。マルコは「良かった」と安心した。

 そのとなりを歩くダニオは、頭が真っ白になった甲冑の男を背負っている。

 長い髪が乱れた初老の女が、その男に手を差し伸ばす。だが、ピクリとも動かないその男は、すでに死んでいるように見えた。


     ◇


 次にマルコが目覚めたのは、寄り合い長の家の寝室だった。

 ベッドのとなりに、アルとゴードンが付き添っていて、気づくと二人ともほっとした笑顔を見せた。

 しかしなぜだか、二人の様子がいつもと違うようにマルコは感じる。それでも、半開きの扉からかすれた声が聞こえてくると、注意はそちらに向いた。

 薄暗い寝室の扉から灯りがもれて、向こうの部屋に何人もの人の気配がした。


     ◇


 ゴードンが訪ねた寄り合い長の部屋は、今は大勢の者がひしめいている。

 青年団一同とルーシー。そして壁際に、宿の亭主バルドがいた。皆座ることもできず立ったまま話を聞いていた。

 ダニオが、裏山で起きたことをぞんざいに報告する。

 すると、意外な事に寄り合い長プロピウスはねぎらいの言葉をかけた。


「それはそれは大変でしたね、ダニオさん。まずは無事で何より。こんな夜更けですが、あなたにはもう一つお願いがあるのです」


 ダニオは驚いて、「え?」とまばたきした。

 プロピウスが続ける。


「無事に帰るまでが偉業です。青年団で、ルーシーを送り届けてもらえませんか?

 そして各自、ちゃんと家に帰るように」


 狭い部屋で歓声があがった。

 てっきりとがめられると覚悟していたダニオも、声を詰まらせながら応じる。


「わ、お、お安い御用ですっ!」


 となりに輝く笑顔のルーシーが寄り添う。顔を赤らめてダニオの手をつなぐと、下を向いた。

 周りの若者が口々にはやす。

 片手を挙げたバルドが歩み寄ると、ダニオは爽やかな少年の笑顔を見せる。そして兄弟は、久しぶりにお互いの手のひらを叩き合った。


 ダニオとルーシー、青年たち、最後にバルドが戸口をくぐろうとする。

 と、プロピウスのかすれ声が響いた。


「バルドさん。あなたには、まだ残ってもらいますよ」


 ふり返ったバルドは、たれ目を細め、寄り合い長プロピウスを見つめた。


     ◇


 寄り合い長の部屋のテーブルに、蜂蜜酒はちみつしゅ葡萄酒ぶどうしゅの瓶が一本ずつ、そして杯が五つ置かれている。


「友人からのいただき物なのです。皆さんお好きな方を、どうぞ」


 プロピウスはそう言うと、ゴードンに目配せした。ゴードンはわずかに片眉を上げる。

 そしてプロピウスは、手に持つ杯を大事そうに、椅子に座る初老の女に渡した。


「姉さん、温めた葡萄酒ぶどうしゅがお好きでしたね」


 女は、受け取った杯をたどたどしく傾けた。

 マルコは、長い白金色の髪の間からわずかにのぞくしわだらけの顔と、死んだ目を見た。


 プロピウスは、アルとマルコとゴードンに向かって、うやうやしくお辞儀をした。


「姉のカミラをお救いいただき、そしてマグナスの遺体をここへ運んでいただき、心から感謝を申し上げます」


 そう言うとプロピウスは、壁際のバルドを一瞥したあと、ざらりとした枯れた声でこう続けた。


「ご不明な事ばかりかと、お察しいたします。ここからは、大人の時間です。

 すべて、お話することにいたしましょう」

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