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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
3.魔にいざなわれし者
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11 戦いの下(げ)

 オオオオオオオオォォォォッッ!


 ダニオは異様な気迫に吹き飛ばされ、尻もちをついた。

 ゴードンは驚愕のあまり口も目も大きく開き、見上げる。


 マリスを頬に含んだマルコは、天に向かって吠えていた。

 赤紫に光る雲がいく筋も、彼の身体を取り巻いた。パキパキッと骨がきしむ音をたて、筋肉は肥大し、大きかった革鎧がぴったり窮屈になる。

 口もとは、獣のように前にせり出す。頬には、黒々と尖った刺青いれずみのような筋が浮かぶ。


 うなり声を上げ、金色に光る瞳でゴードンを一瞥したあと、マルコは四つ足になって駆け出した。

 獣に変貌したその後ろ姿を見て、ゴードンはつぶやいた。


「……狂暴化バーサークか?」


 魔力を絞り切り、杖を支えになんとか立っていたアルは、右手からの獣の影に気がついた。

 マルコの革鎧を着た、狼のようなものが疾走する。

 それがマルコ自身だと気づいた時、アルの体は崩れ落ちる。彼は膝立ちになり、大粒の涙が頬の刺青いれずみに流れ落ちた。


「……ダメだ。ダメだダメだダメだダメだ。マルコーー! 君はそうなってはいけない」


 目の前に伸びる両手と、力あふれる脚が大地を蹴る。風のように地面は流れる。なによりも速く。

 マルコは、頭の中に響く言葉にならない誰かの声を、うるさいと感じた。

 だが、体の芯から湧き上がる、獲物を吸い尽くしたい衝動に、逆らう事はできなかった。獣となったマルコは、打ち捨てられた屍者ししゃの大剣へと駆ける。

 そして、その柄を口でしっかりくわえると岩鬼トロールめがけ疾駆した。


 ただならぬ気配に気づいた岩鬼トロールは、脇から黒い血を流し立ち上がる。

 得体の知れない恐怖が近寄るのを恐れ、わななくような悲鳴を上げて、岩の拳をふり下ろした。


 獣は難なく横っ飛びでよけ、地面を斜めに蹴ると、つむじ風のように岩鬼トロールの股下をくぐり背後に回る。

 そして二本の足で立ち上がり、赤い血を流す口から大剣の柄を取った。

 マルコは両手で大剣を固く握りしめると、恐怖の表情でふり返る岩鬼トロールの膝裏を、全身の力で突いた。


     ◇


「何がどうなっている! あれ––––」


 ゴードンがアルに答えを求め、駆けながら声をあげた。不意に、岩鬼トロールの悲痛な叫びがとどろき、気をとられる。


 岩鬼トロールは、膝を剣で貫かれ、地響きをたてながら再びひざまづいた。


 ゴードンはあわててアルに向き直った。

 膝立ちのアルは、獣になったマルコを見つめたまま、泣いていた。

 横顔の刺青いれずみにとめどなく涙がつたう。

 彼のつぶやきを、ゴードンは聞いた。


「…………父さん」


     ◇


 獣のマルコは、四つ足で竜巻のように岩鬼トロールの身体を駆け上がる。虫のように頭に張り付くと、獣の小剣ハート・ブレーカーをすらりと抜いた。


 雨は、いつの間にか降りやんでいた。


 グリーの白い光が、もだえ苦しむ岩鬼トロールと、その額に何度も何度も剣を刺し、宙で跳ねる獣を照らし出している。

 ダニオは、立てないまま呆然とその姿に魅入られていた。

 無為に腕を頭上に振り回す、岩の小山のような岩鬼トロール

 その上で跳ねる者は、はるかに邪悪に思えて、そして舞うように翔ぶ姿を、ダニオは美しいと思った。


     ◇


 岩鬼トロールが恐怖の眼差しで見上げる。その右目の上の紫光に、剣を手にしたマルコは体重をのせた。

 小剣は深々と刺さり、てこのように動かすと、黒石がせり出した。

 とたん足場を失い身体が落ちる。が、獣の受け身で回転すると、着地したあと転がった。


「もう、やめてーーー!」


 空気を裂く、聞き慣れぬ音がして、マルコはそちらを向いた。

 しわが刻まれた、初老に見える女が立っていた。白い息を盛んに吐いている。

 だがその長い髪は、グリーの光りに照らされて、白金色に美しく輝いていた。


 ふとマルコは我に返った。

 つかれ切った身体をなんとか起こし、二本の足で立ち上がる。姿形すがたかたちは元に戻っていた。

 今度は、口の中で何かが動いて気持ち悪い。

 あわてて手をあて、ウズラの卵のような、黒石を吐き出した。


「うぅ……」


 マルコの前で、死霊のように青白い顔をした男がうめく。甲冑姿で額に手をあて、こぼれ落ちそうになる尖った黒石を、必死でおさえていた。


 何かの力がマルコの手を引っ張った。青白い顔へ向けて、小さな黒石を持つ腕が真っすぐ伸びる。

 すると、すうと息を吸うような音がして、男の顔の尖った石は黒い砂となって、マルコの指がつまむ『卵』へと吸い込まれていった。

 男は吐息をもらす。となりには、白金色の髪の老女がしゃがみ、男の頭を優しく包んだ。


 呆気にとられたマルコは、手の中のマリスを凝視した。


「……大っきく……なった?」


 手のひらにあるマリスの黒石は、もはや小さめのニワトリの卵のように形を大きくしていた。

 そして黒い面には、線の凹みが現れる。

 もぞもぞと線は動き、唇のように一息吐くと、マルコに向けてにやりと笑った。


 マルコは気を失って、後ろに倒れた。


     ◇


 空き地を上から見ると、大の字になって、異邦人マルコが地面に横たわっている。

 少し離れて、ボロボロの甲冑の男が倒れ、白金色の髪の女が顔をのぞき込んでいた。


 マルコの元に、杖を持つアルとドワーフのゴードンが駆け寄る。しばらくたって、黄色い髪の青年ダニオが、小走りに駆け寄った。

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