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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
3.魔にいざなわれし者
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10 戦いの中(ちゅう)

 グアアアアアアアアァァァァッッ!


 突然の絶叫にマルコはたじろぎ、剣を引き抜いてしまった。

 屍者ししゃは、黒い石を守るかのように両手で顔をおさえる。おさえた指の間から、憎悪の眼差しがマルコに向けられ光っていた。

 黒い石が赤と紫の光りを放ち、屍者ししゃの頬に刺青が走る。

 神の悪意の石、マリスに触れる顔が、手が、灰色になり膨らんでいく。


 マルコは目を見開いたまま、一歩、二歩と後退していた。バキバキバキッと異様な音が響く。グリーの逆光でできた人影が地をいマルコの足元にかかる。

 人影は伸びて、やがてマルコの全身をおおい尽くした。


 ゴードンは驚愕した表情で見上げていた。

 アルも呆然と見上げ、ぶつぶつつぶやく。

 彼らに背を向け、屍者ししゃは、岩におおわれた巨人に変貌を遂げていた。

 ゴードンが、声を枯らさんばかりに叫ぶ。


「マルコ! 逃げろ! 岩鬼トロールだ!」


 すでにマルコは巨体の右手から飛び出していた。

 それを追う岩鬼トロールが、左腕をふり下ろす。すんでのところで、マルコは前転してよけた。

 しかしマルコが立ち上がった時、うなりを上げて巨人の右腕が迫った。とっさに彼は、銀の盾で顔を守る。だが、岩の衝撃は防げなかった。


     ◇


 ゴードンの右後ろの樹木に、何かが嫌な音をたてぶつかった。ずぶ濡れのドワーフは、震えながらそちらへとふり向く。ダニオもそれに続いた。

 血だらけのマルコが、根元でぐったりと倒れていた。

 ゴードンは口を開けて、声にならず、駆け寄った。


 アルは、最後の巻物スクロールを手にしていた。

 岩鬼トロールが、ゆっくりとこちらに体を向ける。

 その右目の上には紫色の光が見える。巨大な岩の顔に、マリスの黒石は埋もれているようだ。

 アルは、マルコを弾き飛ばした岩鬼トロールを鋭くにらみ、許さなかった。


 必死の形相をしたゴードンは、マルコの体に治癒魔法を唱えていた。白く光る手が、マルコの体のあちこちにかざされる。

 ダニオは言葉もなく、となりにしゃがみ見守っている。

 気を失っていたマルコが突如目覚め、咳をすると、吐き出た血が胸を赤く染めた。


「死ぬなよ。死んでくれるなよ」


 ゴードンは動揺しながら独りごちたあと、再び詠唱に集中した。


 岩鬼トロールが、ゆっくりとアルの元へと歩み寄って来る。

 アルは詠唱しながら、右手後ろのマルコの様子が気になっていた。

 しかし、マリスを埋めた魔物が近づくにつれ、もうおさえることはできなかった。その血に脈々と流れる、体の芯から湧き上がってくる破壊の衝動。頬の刺青いれずみが増えている。

 詠唱完了まで残りひと時。岩鬼トロールが着くまでに、まだ時間はあった。


 顔を下に向けたゴードンの髭から、雨のしずくがしたたっていた。

 ダニオが、恐るおそる尋ねる。


「……どうした? 治るのか?」


 それには答えず、ゴードンはマルコの脇腹に手を当てた。柔らかい。あばらの骨が粉々に砕けている。夜に、この体を蘇生できるのは月の巫女みこぐらいだろう。数々の戦友を見送ってきた歴戦のドワーフ神官戦士、ゴードンは認めざるを得なかった。

「もう、助からない」と。


     ◇


 開いた手のひらの前に、青白く光る球が現れる。

 光球からは、ジジッ……ジジッと小さな稲光りが散った。

 アルは、右手にグリーの大杖、左の手のひらを岩鬼トロールに向け、詠唱していた。

 合間につぶやく。


「……我が祖霊から伝わる衝動を重ねよう」


 そして、素早く口もとで何か唱える。

 青い光球が膨らみ、稲光りが激しさを増した。


「さらに、このグリーの力も加えてみよう」


 再び口もとを動かすと、光球はアルの長い片腕と同じけいの、巨大な青白い球へと大きくなった。

 同時にグリーは、二、三度暗く点滅する。


 その時、ゴードンとダニオは不思議なものを見た。

 うなされるマルコの顔や手が、二、三度半透明になった。

 元の様子におさまると、二人はいま目にしたものが信じられず、顔を見合わせた。


 残りもう一歩。

 岩鬼トロールを目の前にして、準備が整ったアルが唱える。


「つらぬけ。稲妻の光束」


 雨夜を切り裂く閃光。アルの手が射つ。

 鋭い稲光りをともなう光の線が、岩鬼トロールの腹に一直線に刺さり、その巨躯を吹き飛ばす。

 光の線はやまず、空き地の真ん中で岩鬼トロールの腹に照射され、岩をえぐり続けた。

 岩鬼トロールは悲痛な叫び声を上げ続けた。

 そして光の束が、その腹を貫いて背中から飛び出す時、断末魔に似た咆哮が響いた。


 光りを放つ手のひらの向こうには、アルの冷酷無比な眼差しが見える。

 今や顔中が刺青いれずみでおおわれている。彼は表情を変えることなく、ゆっくりと手のひらを横に動かした。


 岩鬼トロールの腹を貫く光の束が、ゆっくりと横に流れる。

 触れる岩も肉も消滅させながら、光の束は岩鬼の右脇腹から外に抜けた。

 光の線は勢いあまって空き地の奥の樹木を倒し、森の一部を燃やす。だが降りしきる雨で、森の炎はちろちろと小さくなり、やがて消えた。

 岩鬼トロールは黒いものが流れ落ちる脇をおさえ、ズンンッ! と音をたてて地にひざまづいた。


 ゴードンは髭からしずくをたらしながら、ひざまづく岩鬼トロールと、左手をかざしたままのアルをながめていた。


     ◇


「……わかったよ。うるさいなぁ」


 朦朧もうろうとマルコがつぶやいた。

 ダニオは顔を明るくしてのぞき込む。

 しかしゴードンは、内臓をやられ痛みを失い、しばらく意識をたもつ者の事を考え、沈んだ顔のままだった。

 マルコがかすようにささやく。


「……袋……腰の……」


 ダニオが「これか? これの事か?」とあわてる。ゴードンが止める間も無かった。

 ダニオは手をまわし、マルコの腰帯をぐるっと回して暗い袋を上にする。

 袋は、生き物が入ってるようにバタバタと動いた。


 震えるマルコの指が、とば口を開ける。

 紫の光りを放ち、黒いウズラの卵のような石が飛び出した。マルコの指が、なんとか黒石をつまむと、何かに動かされるように、素早くマルコの口へとそれを押し込んだ。


 マルコは、神の悪意の石、中でも『卵』と呼ばれる純度の高いマリスを口に含むと、目を大きく、大きく見開いた。

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