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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
3.魔にいざなわれし者
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9 戦いの上(じょう)

 裏山の中腹の空き地。

 雨のすじとグリーの白い灯りでできた、光の幕の向こう。

「シューッ……スーッ……」と呼吸するような音と、ズズッ……ズズッと重たいものを引きずる音が近づいて来る。


「ひいぃっ……!」


 ダニオはあわてて口を手でおさえたが、恐怖の悲鳴がもれ出た。


 光の幕を抜けて、ゆっくりあらわれる。

 濡れた黒髪と、しかばねのように茶色く痩せこけた顔。首から下は、びてボロボロの甲冑。右手で大きな何かを引きずっている。


 しかし、マルコとアルとゴードンの三人は、ある一点に目を奪われていた。

 屍人しびとの額に、尖った黒い石が深々と突き刺さり、にごった右目をゆがませていた。


 ダニオはひざまづいたまま、驚愕して口をわなわなと震わせる。

 青年団の面々も固まったように動けず、目だけはその姿を追っていた。

 顔に雨があたり、髪と髭が貼りついたゴードンが呼びかける。


「マルコ。非常時の作戦! 貴公が指揮を。……アル! 打ち合わせ通りだな?」


「……あぁ、そうだ。頼むよ……マルコ」


 呆然と甲冑の男を見つめたまま、アルがつぶやいた。頬の刺青いれずみに、雨がとめどなくしたたる。


 だがしかし、マルコは、緊張をほぐそうと膝の屈伸運動をしていた。狂戦士の足踏みもしようとしたが、土がぬかるんでやめた。彼は体をほぐすために、その後も跳躍して手足をばたつかせる。

 それを見た面々、アル、ゴードン、ダニオ、そして恐慌寸前だった青年団も、ふっと口もとがゆるみ気持ちがほっとした。

 それに気づかぬマルコは、大音声を発する。


「では非常時の作戦! ゴーディは青年団の誘導! その後、後方支援!

 アルは巻物スクロールでの支援!

 僕は……マリスの男を足止めする」


     ◇


 雨天にのびる、人の背丈ほどの巨大な剣が、真っ二つにしようとマルコにふり下ろされた。「スーッ」と甲冑の屍者ししゃから音がもれる。

 左に。マルコはよけていた。

 剣がぬかるんだ地面に刺さり、泥が跳ねる。

「早くはない」とマルコは思う。だが、死んだように落ち窪んだ眼差しと、ただならぬ圧に怖気づき、どうしても近くに踏み込むのが怖かった。

 一撃もらうと、あとはない。左へ左へと回り込み、様子をうかがう。


「あの大剣を、軽々と……」


 ゴードンが鋭い眼差しで屍者ししゃの剣さばきを見つめ、うなる。彼は青年団を木陰に避難させたあと、アルのとなりにいた。

 その後ろには、退避に従わないダニオがいる。彼はマルコの戦いを見届けようと、なんとか恐怖心をおさえつつも、震えていた。

 アルは、巻物スクロールを手にマルコを見つめ、詠唱している。


 何度目だろうか、大剣が泥に刺さった。

 刹那せつな、持ち手を変え、屍者ししゃは大剣を横になぎ払う!

 とっさにマルコは、木製盾をかまえてしまった。「ダメだ」彼は思い、大剣が盾を砕き自分を切断する様がまざまざと脳裏をよぎった。


 よく通る声が響く。


「堅牢なる盾」


 銀の光りが、マルコの盾をおおう。高速の大剣がグァンッ! と音をたて弾かれる。

 剣を手に、甲冑の屍者ししゃは驚いたように見えた。

 素早くマルコは踏み込んで、茶色の布がのぞく脇下へ剣をふり切る!


「やった!」


 ダニオが叫ぶ。アルの手もとでは、巻物が光りを放ち消えていた。

 切り抜けたマルコがふり返ると、屍者ししゃが脇に手を当て「シューッ……」と音を出している。

 あわててマルコが小剣を上げると、切っ先には、ほんのわずかに黒い血がついているだけだ。彼は、剣の刃を逆さにしたままだった。


     ◇


巻物スクロールの残りは?」


「……あとひとつ。だけど……今はまだ」


 ゴードンの問いかけに、アルはうつろに答えた。そしてアルは、息をするのも苦しそうに見えた。


 ゴードンが対決に目を向けると、屍者ししゃがふり回す鉄甲の拳を、マルコがかがんでよけていた。

 あの化け物が背中を見せて、マリスが視界から消えた時、この戰斧を投げつけてみようか。そう思って、ゴードンは戰斧を強く握りしめた。


 マルコは「考えろ、考えろ」と念じながら敵の攻撃をよける。もう自分は疲れている。が、相手はそうは見えなかった。


 両手で持ち上げられた、巨大な剣がまたも襲い来る。

 マルコはまたも左によける。大剣が泥をはね上げた時、マルコは仕掛けた。

 体重をかけ、全力で屍者ししゃの手もとに体当たりした。

 変えようとする屍者ししゃの持ち手を、銀に光る盾がガンッ! と叩きつける。

 大剣は弾かれ、屍者ししゃはよろけた。

 瞬間、ねじった体から、ハート・ブレーカーの刃が繰り出され、屍者ししゃの脇を深々と切り裂く。


 黒い血が雨の中へ吹き散った。


 即座に体は反転し、銀の盾先が屍者ししゃの膝裏を突く! 

 屈服するかのように屍者ししゃは、雨の中、ひざまづいた。


 ずぶ濡れのマルコは、屍者ししゃを見下ろし、白い息を一度吐いた。そして、その右目の上のマリスに、剣を差し込んだ。


     ◇


 グアアアアアアアアァァァァッッ!


 背筋を貫くようなぞっとする声を聞いて、木陰に隠れた青年団は顔をゆがめ、身を寄せ合った。

 ひときわ小柄なロッコは、むせび泣きはじめた。彼は、ここまでついてきた事を、心の底から後悔していた。

 やがて、誰かが声をあげた。


「……おい、見ろ。あれは、何だ?」


 ロッコも顔をあげる。そして彼は、後悔の気持ちが、絶望へと変わった。


     ◇


 アルは雨空を見上げていた。手に持つ杖の、神の善意の石グリーの光りが、橙色オレンジの短髪と、絶望に満ちた表情を照らしている。

 彼は、んだかのようにあやうい目をして、つぶやきはじめた。


「岩のごとく、固い意志……。だけど、時には頑固もの……」

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