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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
3.魔にいざなわれし者
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8 光の幕の向こう

 時を戻し、引き渡しの前日の晩。なかの町のバルドの宿。

 客室で、ゴードンとマルコは言い合いをしていた。


「正体は寄り合い長の友だ!

 生贄いけにえに、白金色の髪の娘が選ばれる事も、何か理由がある」


「だけどゴーディ。その人は町で人を殺して逃げたんでしょう?

 偉大な騎士の可能性だってあるよ! 山賊をおさえる『村々の守り神』なんだから」


 そんな調子で争う二人を尻目に、アルは杯を手にしてぶつぶつと言っている。

 マルコとゴーディは彼を巻き込んだ。


「アルはどう思う?」


「そうだ。貴公の智恵ではどうだ?」


 アルは心ここにあらずの様子で顔をあげると、


「……私は、どちらでもあるような、どちらでもないような」


 とポツリとつぶやいた。

 ゴードンとマルコが呆れてたたみかける。


「もしや、アル……」


「……そうだよ。またその、岩鬼トロール? とか言わないよね?」


 マルコの言葉に、アルははっと顔をあげると、我に返って二人の方を向いて言った。


「20年だよ……。ただの人間が、そんなに長い間、恐れられ、供物くもつを受けられるものだろうか?」


 アルの疑問に、二人とも目を開いて答えられないでいた。

 やがて、ゴードンが穏やかに問う。


「アル。貴公は、マリスの関わりという考えを捨てきれんのだな?」


「私だって、自信があるわけではないんだ。ただ……長い間、人を狂わせるものというと、神の悪意の石がどうしても頭から離れてくれない」


「少々、過敏になっておるのではないか?」


 ゴードンの慰めに、アルは蜂蜜酒はちみつしゅを傾けるだけだった。

 だが、気を取り直したように立ち上がると言った。


「いずれにせよ……もう後戻りはできない。まずはバルドの望む通り、ダニオと青年団を守ることにしよう。『守り神』の正体は、そのうえで」


 ゴードンもマルコも強くうなずいて同意し、その場はまとまった。

 しかしマルコは、頭の中では、アルの言葉が引っかかっていた。


「マリスの石は、人に悪い影響を与える。それで死ぬ事もある。だけど『長い間、人を狂わせる』ってどういう意味だろう?

 ほかにも何か……、力を及ぼすのかな?」


     ◇


 裏山の小道にマルコが飛び出した時、先ではダニオとゴードンが、松明たいまつを持つ山賊たちと剣を交えていた。

 マルコもあわてて駆け出すと、不意に背後から白く柔らかい光りが照らされる。

 今度はマルコは、あわてて後ろをふり返った。


退け! 山に住まう賊どもよ! なんびとも、この神の善意の光りには逆らえぬ!」


 アルが良く通る声でそう発すると、杖の先で光る神の善意の石、グリーがひときわまばゆい輝きを放った。

 彼の後ろには、青年団の若者たちがいる。呆けた顔から、まぶしさのあまり次々と目を閉じ、顔に手をかざした。


 昼間のように照らされた森の小道で、十人ほどの山賊たちの姿があらわになった。ボロ布の上に革鎧や鱗状鎧スケール・アーマーを着るものもいる。彼らも呆けたように光りを見て、たちまち戦意を失った。

 が、ひとり大きな男が声をあげる。


「へっ! あんなもん何でもねぇ––––」


「魔光の矢!」


 アルの声がすると、青白く光る矢が弧を描いて大男の顔にまともに当たり、はじける。

「ギャ?」と男は変な声をあげて倒れると、気絶して動かなくなった。山賊たちはおののき、震え声をあげて、次々に小道の先へと逃げ出した。

 ダニオがそれについて行く。

 ゴードンは「先駆けするな!」と、彼を呼び止めようとしていた。

 マルコは、駆け寄るアルに感嘆の声をかけた。


「やったね! グリーは矢も放てるの?」


「矢は巻物スクロール。ハッタリだよ」


 アルはそう言って、マルコに向けて片目をつむってみせた。


     ◇


 グリーの白い光りが照らす小道を、マルコと一行は小走りに登っていた。

 先頭を走るダニオの髪が、光りに照らされ黄色く輝き、跳ねる。

 それを見ながらマルコは、ダニオが心を寄せるルーシーという少女がどんな娘なのか、まだ無事なのか、様々な思いが胸を駆け巡った。

 気づくと一行は、小道から、開けた空き地に着いた。

 ダニオもマルコも白い息を吐いて、髪を濡らしている。


 雨が降り出していた。

 降りしきる雨が、グリーの光りを反射し縦のすじとなって輝く。次々と地に落ちるすじは光の幕となって、空き地の奥を隠し、見えづらくしていた。

 遠くに、松明たいまつらしき灯りがちらちらと見える。


 奥の闇を切り裂く、少女の悲鳴が響いた。


「くそがっ……!」


 飛び出そうとするダニオを、ゴードンが後ろから羽交い締めにする。しかし次の瞬間、力が抜けたようにダニオは膝から崩れ落ちた。

 杖をかかげるアルが、恐怖の声をもらす。


「あぁ! ……まさか、まさかそんな事が」


 彼の濡れた頬には、黒々と尖った刺青いれずみが浮かび上がる。

 マルコは、ダニオとアルの間から前へと進んだ。腰につけた暗い袋が、ブブブブブ……と振動を伝える。

 マルコにもわかった。


「ああ……。神の悪意が、近づいて来る」

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