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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
3.魔にいざなわれし者
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7 引き渡し

 裏山は、なかの町とアルが訪ねたルーシーの家の間で、ルスティカ一帯の東側にあった。

 その日は新月で、青黒い空の下、日没が間近に迫っていた。

 マルコとアルとゴードンは、ダニオ率いる青年団と一緒に森の木陰に潜んでいる。


「ちーっす。ドワーフの戦士なんて初めてだ! よろしくお願いしまっす」


 しゃがむダニオに馴れなれしく挨拶されて、「う、うむ」とゴードンは戸惑った。

 アルが鋭い眼差しを向ける。


「静かに。そろそろ日の入りだよ」


 そう言うアルへ、ダニオはたれ目を細めて尋ねた。


「……アニキ、何か言ってました? 俺らを止めようとしたんじゃ––––」


「お兄さんは何よりも君の無事を願っている。だったら、私たちの力で君たちを守る方が早い」


 キリッとした顔でアルが答えるので、ダニオは驚き、マルコの肘を小突こづく。


「よぉっ! ……ちゃんとした人じゃんかよ」


「いや! こんなはずないんだ……普段はもっとだらしなくって––––」


「シーッ!」


 あせって話すマルコを、ゴードンが制す。


「来たぞ」


 一同は、ドワーフの視線の先を見つめた。

 松明たいまつをかかげる、ひょろりと細長い人影が、後ろに荷車と人夫を引き連れ小道を歩いてくる。

 細長い影のとなりには、ふらふらと歩くドレス姿の影が見える。その長い髪が、松明たいまつの赤と橙色の光りを反射して、燃えるように揺らめいていた。


     ◇


「寄り合い長だ。間違いない」


 ゴードンは低くささやいた。

 寄り合い長の細長い影が、右手の森に向かって、腕を広げなにやら口を動かしている。

 向いた先の樹木の陰から、背が高く、髪の長い女の影が現れた。

 アルがゴードンにささやく。


「何者だか見えるかい?」


「うむ。白金色の髪の女が、もう一人」


 ドワーフの夜目がきくゴードンは、そう答えた。

 はっとしてマルコは目をこらす。ドレス姿の少女の影が、もう一人の女の影に近づいて、手を取られる。

 そして、荷車と人夫を引き連れ、右手の森の中へと入っていった。

 アルが後ろをふり返り、眉をひそめる。


「どうしても行くのかい?」


「ぜってー、ルーシーを救う!」


 ダニオはきっぱり答えて、かすかに荷車の音がする方角をにらみつける。

 だがしかし、彼の背後からは、若者たちが不安な顔でマルコを見ていた。


     ◇


 暗闇がおりる森の小道。松明たいまつを手に先を歩く二人の女の後ろに、人夫と荷車が続く。


 ゴードンに導かれた一行は、小道より下の藪の中から後を追った。

 ふと、上の方からいくつもの小さな灯りが現れ、女たちと荷車に近づく。

 ゴードンがささやいた。


「待て。ああ……山賊が現れた。あれは……同じ穴のむじなだな」


 何がどういう事なのか、マルコはいくつも質問したい気持ちを必死でこらえた。横を見ると、ダニオはぽけっと抜けた顔をしている。

 アルがゴードンにささやく。


「何が起きている?」


「……交代している。運び手たちは来た道を戻り、代わりに山賊が……荷車を運び始めた」


 ゴードンは答えた。暗闇の中、面々はうなずき合って、再び追跡をはじめた。


     ◇


「あぁっ!」


 暗闇の中、かん高い声があがる。

 マルコのとなりで、「チッ。ロッコ……」とダニオが舌打ちをした。


「ダニオごめんっ! 何か顔に当たって」


 マルコが昨日聞いた声がする。誰かが、「シーッ」と音をたてたが手遅れだった。

 素早くゴードンが手で合図し、アルと若者たちを伏せさせる。


 上から女と男たちの声がして、マルコが見上げると、いくつかの灯りがこちらに降りて来た。左で、鞘から剣を抜くかすれた音がする。


「……やるしかねーな」


 ダニオが上を向きつぶやいた。

 ゴードンが低い低い声でささやく。


「まだだ。まだ引きつける」


 それを聞いて、マルコも腰の後ろから、小剣ハート・ブレーカーを静かに抜いた。

 灯りはなおも近づいて来る。

 マルコが心で「……3つ、4つ」と松明たいまつを数えた頃、左から雄たけびがあがった。


「うらああぁぁ!」


 ダニオが飛び出し突撃した。

 右でもゴードンが立ち上がり駆けた。

 あせるマルコが正面に目をやると、すぐ近くに、松明たいまつに照らされた傷だらけの横顔が見える。無我夢中になって、盾をかかげて正面の山賊に突進した。


 相手もとっさに気づくと、マルコの突撃を腕で防ぐが、衝撃で二三歩後退した。「シッ!」と息を吐き、すぐに剣をふり下ろす。

 マルコは右によける。松明たいまつの下の脇が無防備だが、剣をふらない。

 山賊は二撃目をふる。マルコは今度は左によけて思い切り、ドンッ! と盾で体当たりした。

 相手は両手をついて倒れると、あわててふり返り、恐怖にとらわれた目でマルコの剣を見つめた。


 マルコは、人を殺した事がなかった。


 呆然と立つマルコの脇から、黄色い頭の影が飛び出し、目の前に倒れる山賊の胸に体ごと剣を突き立てた。

 その山賊は、ふうとため息を吐くように、絶命した。

 ダニオは、血だらけの手で剣を抜くとふり返る。


「……ハアッ……ハア……何やってんだ? 訓練じゃねぇ……ハァ……わかってたはずだ」


 そう言いつつ彼は、声も手もとも震えている。そして、「次は殺せ」とつぶやくと、上の小道目指して歩きはじめた。

 なお立ち尽くすマルコのとなりに、いつの間にかゴードンがいる。ドワーフは力強くマルコの肩を握った。


「真相がまだわからん。マルコ、貴公の心の通りにするといい。

 私は、無為な斧の刃こぼれが許せん性分たちでね。この戦いでは柄を使おう」


 そう言うとゴードンは、親指で後ろを指してニカッと笑った。その先から山賊たちのうめき声がする。そして彼も、上に向かって走り出した。


 マルコは、ドワーフの言う事がよくわからなかった。だが、励まされた。

 右手に持つハート・ブレーカーをじっと見つめる。そして手元で剣をクルッと回すと、片刃を手前、背を下に向けて、峰打みねうちに徹する事に決めた。


「誰も殺さず、なんとかのりきりたい」


 この時は、そう思っていた。

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