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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
3.魔にいざなわれし者
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6 土砂降りの雨

 柵で囲われた空き地に、土砂降りの雨がふっている。訓練所にある倉庫から見る地面は、白いもやがかかりぬかるんでいた。


「マルコ! ちょっと、こっち来いや!」


 背後から声がしたので、ふり返ったマルコはあわてて駆けた。


 倉庫の中は、柱の間に荷箱や積まれたわらがあるくらいの、がらんとした空間だった。奥の片隅に小さなテーブルがあり、ダニオを囲んで志願兵の若者たちが集まっていた。

 マルコが近寄ると、ダニオはたれ目を開き興奮して話しかけた。


「引き渡す時がわかった! 明日の日の入りらしい。……だよな? ロッコ」


 ダニオは目を細めてとなりの小柄な若者を見つめる。

 ロッコと呼ばれたその若者は、おどおどと答えた。


「……う、うん。……たぶん間違いないよ。毎月の食料を寄り合い長のとこに運ぶって、ち、チャーリーおじさんが––––」


「わかった! ……というわけだマルコ」


 ダニオは、情報源であるロッコを一瞥したあと、マルコに目をやった。

 マルコはダニオの心中に気づいて、はっきりと答えた。


「わかった。明日の日の入り前に、裏山の入り口へ行くよ。僕もみんなを手伝う」


 それを聞くと、ダニオは会心の笑みを浮かべて叫んだ。


「共に戦おう、みんな! 年寄りどものひっでーしきたりなんざ、俺らの力で変えてやるんだっ!」


 その場の空気が熱くなり、若者たちは腕を上げ歓声をあげる。倉庫の隅に、若者たちの高揚した声が響いた。


     ◇


 大雨の中、がらんとした倉庫で、若者たちは木刀を打ち合っていた。

 ぼんやりとながめるマルコのとなりから、張りのある声がかかった。


「どうした? 考えごとか?」


 ダニオがたれ目を細めて、探るようにマルコを見ていた。

 マルコはぼんやりしたまま答えた。


「別に……。いや、そうだダニオ。引き渡す相手のことは何か知ってるの?」


 ダニオは驚いたように目を開くと、顔を横に向けて言った。


「……いや。なーんも」


 今度はマルコが驚いて目を開き、黄色い髪の青年の、幼い横顔を見つめる。

 ダニオはばつが悪そうだった。


「……おめー、相手が強えんじゃねえか、とかビビってんだろ? でも関係ねー。どうせ山賊だ」


 マルコは無言でそれを聞く。沈黙にたえられなかったのか、ダニオは意外な事を語りはじめた。


「……こんな田舎で剣を訓練したところで、とか思ってんだろ? どーせ。でもな、こんなとこでも昔、偉大な騎士になった男がいるんだ」


「……へぇ」


 マルコは内心とても気になったが、ダニオへは穏やかな微笑みを向けた。

 ダニオは、ほっとした様子で先を続ける。


「こういう話、好きか? やっぱ、おめー剣士だな。その人はな、ここでみんなと訓練したあと、王都へ行って、見事騎士になったんだ––––」


 ダニオによると、「なかの町の偉大な騎士」は王都の北方や西方の戦で大活躍をした。そして、青年期の終わりに帰郷すると、人々から大歓迎を受けた。

 その騎士の話しをする時、ダニオの目はキラキラと輝き、夢見る少年そのものだった。ダニオが話し終えて、マルコは尋ねてみた。


「……それで、その人は帰ったあと、どうしたの?」


 とたんダニオの顔は曇り、下を向いた。


「一人で山賊討伐に行って……死んだ」


「一人で? ……戻らなかった、って事?」


 マルコがそう問いただすと、ダニオは曖昧にうなずいた。そして、少しずつ熱を帯びながら、こう話した。


「……考えてみると、一人で山賊に立ち向かうなんざ、バカだ。俺は、同じ事はしねー。仲間と一緒に、あの騎士のかたきもとってやる!」


 熱く語り終えると、ダニオは拳を握りしめ決意を新たにした。じっとしていられなくなったようで「俺もまぜろーっ!」と若者の輪に向かった。

 マルコは「昔、山賊討伐に向かった騎士」の事を考えた。そして「仇討かたきうち」とつぶやくと、心の中では別の可能性を考えていた。


     ◇


「私だけ、収穫なしなんだよねー! もう本当まいっちゃって」


 なかの町の宿で、アルがカウンターに座っている。バルドにこれまでの報告をしたあと、ぼやいていた。


 外は土砂降りの雨。食堂には他に客もおらず、気だるい空気をかもしていた。

 バルドはガラスの杯をふきながら、口もとは微笑していた。


「それを依頼者である私にこぼすのも、アルさんらしいよ。アルさんの調査でも、何か一つでもわかった事はないの?」


 アルは蜂蜜湯はちみつゆが入った杯を両手で握り、恐るおそるつぶやいた。


「……岩鬼トロール


「……トロール? 何それ」


 バルドは岩鬼トロール自体をよく知らなかった。なのでアルは、岩の肌を持ち、人の倍ほどある巨大な化物ばけものが、今でも北方にいることを説明した。

 そしてアルが、その言葉を小さな男の子から聞いた事を白状すると、バルドは寛容なことに笑い出した。


「ハハッ! 北には、そういう魔物がいるかもしれないけど。ここらでは聞いた事ないね。

 その子はきっと、絵本で読んだか、大人に昔語りを聞いたのかもしれないね」


 アルは杯に目を落としたまま、返事をしなかった。

 そして上体をだらしなくカウンターに突っ伏すと、途切れのない外の雨の音を聞いた。

 しばらく雨音だけの時間が流れ、やがて、バルドの鼻歌が混じった。

 それも終わると、バルドはこうつぶやいた。


「男たるもの、かくあるべし。岩のごとく、固い意志。だけど時には頑固もの」


「……なにそれぇ?」


 寝そべった首を回して、アルは聞いた。

 バルドは自分でも驚いたように、たれ目を開いた。


「思わず出ちゃって。前に誰かに聞いた気がするんだよね。昔、そういう、ちゃんとした立派な人がいたらしい」


「ふーん」とアルが相槌を打って、会話は終わった。


 しかしのちに、アルがこの町での顛末てんまつを思い返す時、必ずこの時のバルドのつぶやきと、途切れない雨の音が、頭の中に蘇った。

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