5 白いもや
ルスティカ唯一の、中の町の宿。大きな暖炉がある客室で、しきたりについて集めた情報を三人は話し合った。
「……それじゃ、バルドの一番の願いは弟の安全なので……彼と接したマルコから」
アルはそう言うと、蜂蜜酒の杯を傾けた。
ゴードンも無言で蜂蜜酒を飲むばかりなので、マルコは恐るおそる切り出した。
「……あの、バルドの弟のダニオは、若くて強い剣士、です」
「うむ。要点を」
ゴードンが穏やかにうながす。
マルコは、落ち着こうと杯から蜂蜜湯を一口飲んだ。
「青年団は、生贄の引き渡しにひそかについて行こうと計画中。そのために訓練に励んでいる」
「その……、なぜそこまでするんだろう?」
アルが目を丸くして尋ねた。
マルコは、彼を真っすぐに見つめて言った。
「単純な理由なんだ。ダニオは生贄のルーシーを救いたがっている。好きなんだと思う」
マルコは話しながら、ダニオとの会話を思い出していた––––。
◇
「なんでこんなに訓練してるの?」
マルコは、何気なくダニオに話しをふってみた。二人の前では、村の若者たちがまだ木刀を交わしている。
ダニオは赤面した。
「……お前、好きな子とかいるか?」
顔を赤らめて言うダニオを見て、マルコはますますダニオが気に入った。「嘘つけなさそう」と思ったので、自分も正直に話した。
「ああ、いるよ。本当はその子に会うために、今すぐ南の端村というところへ戻りたい。だけど、どうしても王都でやらねばいけない用事があって、それを済ませて戻るつもり––––」
「えらいっ!」
ダニオの大声に驚いて、マルコは目を開き横を見た。
ダニオはたれ目を大きく開いて、涙を浮かべこちらを見ている。
「そうだよな、そうだよな。好きっていうのは、そうそう単純な事じゃあない」
マルコは「君は良い意味で単純だけど」と思ったが胸にしまった。
ダニオは一気にまくし立てた。
「もう、たまったもんじゃないっつーの! 好きな女がいて、その子がしきたりだかなんだか気持ちわりーもんの犠牲になろうとしてる。それをアニキは『仕方ない』とかぬかしやがる! ここで何もしなけりゃ、このダニオ様の男がすたるってーの––––」
どんどん顔を近づけるダニオ。
マルコは「わかった! もうわかった」と手をかざし、飛び散るつばを少しでも防いだ––––。
◇
暖炉の灯りが、目を大きく開くゴードンとアルの顔を照らした。
「わかりやすいな」
「うん。わかりやすい。……相手が何者かわかってるのかな?」
そう尋ねるアルに対して、マルコは無言で首を横に振った。
杯を傾け、気持ちを切り替えたアルは、今度はゴードンに目配せして話しをうながす。
気づいたゴードンは、淡々と語った。
「寄り合い長と会った。腹に一物ある男だ。しきたりの事は話さぬ」
「……それだけ?」
アルが驚いた顔から、ほっとしたような顔に変わる。
ゴードンは一口飲むと、いつもより小声でつぶやいた。
「あとは昔話。町で起きた刃傷沙汰を引きずってるらしい。明日また会ってみる。『村々の守り神』の正体を聞き出したい」
「そうかぁ。ゴーディも、なかなか苦労してるね。そういうえらい人にはさ、何かお土産を持っていくといいよ。いま飲んでる蜂蜜酒とか––––」
「そんな真似! ぐっ……検討しよう」
ゴードンの一瞬の剣幕に、アルは驚いた。
マルコは軽い気持ちで聞いた。
「……それで、アルの収穫は?」
「え?」
「え、じゃなかろう。貴公の番だ」
ゴードンも落ち着きを取り戻して顔を向ける。
ゴードンとマルコにまじまじと見られ、アルはあせりの表情に変わった。なんとか声を絞り出す。
「えぇと……岩鬼」
「……は?」
マルコとゴードンは同時に発した。
◇
翌日の寄り合い長の部屋。
テーブルには、蜂蜜酒と葡萄酒の瓶が一本ずつ置いてある。
部屋の窓に、雨のしずくが音をたて打ちつけられていた。窓からの景色は、白いもやがぼかしている。
髪と髭を濡らしたゴードンが、落ち着いた声をあげた。
「いずれかお好きな方をどうぞ」
「これはこれは……このような振る舞い、意外でした」
若白髪の寄り合い長プロピウスは、面白がってゴードンを見つめた。
ゴードンは下を向いて、鼻をかきながら言い訳する。
「そもそもは私の考えではござらん。
友が––––」
「ご友人が! それは、とても素敵なことですね……」
そう答えるプロピウスの声が、なんだか妙だ、と思いゴードンは静かに顔を上げた。
プロピウスが遠い目を窓に向けている。何かを思い出すように。
「……私にも、大切な友人がおりました。真の友人とは、本当に得難いものです。年を経るごとに。そう思いませんか?」
ゴードンは、それに同意するように軽くうなずいた。寄り合い長が続ける。
「本当は、彼が寄り合い長になるはずだったのです。私はそれを待ち望んでいた」
「昨日うかがった事件の御方かな?」
「……あんなことさえなければ。いや、そもそも姉がもっと待つ事ができていれば。いやいや、あの時は私も姉の相談にのったのです」
プロピウスの危うげな様子に、ゴードンは胸騒ぎがした。だが気づかれないよう、努めて自然に尋ねた。
「御姉様がいらっしゃるとは初耳です」
「死にました。そう思ってます。白金色の髪が、本当に美しい人でした」
続けざまに、雨のしずくが窓にあたり耳障りな音をたてる。
ゴードンは気力をふり絞り、なんとかさりげなく尋ねた。
「御姉様の元恋人で、あなたの真のご友人、という事ですかな。その御方は、今は、どうされているのですか?」




