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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
3.魔にいざなわれし者
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5 白いもや

 ルスティカ唯一の、なかの町の宿。大きな暖炉がある客室で、しきたりについて集めた情報を三人は話し合った。


「……それじゃ、バルドの一番の願いは弟の安全なので……彼と接したマルコから」


 アルはそう言うと、蜂蜜酒はちみつしゅの杯を傾けた。

 ゴードンも無言で蜂蜜酒はちみつしゅを飲むばかりなので、マルコは恐るおそる切り出した。


「……あの、バルドの弟のダニオは、若くて強い剣士、です」


「うむ。要点を」


 ゴードンが穏やかにうながす。

 マルコは、落ち着こうと杯から蜂蜜湯はちみつゆを一口飲んだ。


「青年団は、生贄いけにえの引き渡しにひそかについて行こうと計画中。そのために訓練に励んでいる」


「その……、なぜそこまでするんだろう?」


 アルが目を丸くして尋ねた。

 マルコは、彼を真っすぐに見つめて言った。


「単純な理由なんだ。ダニオは生贄いけにえのルーシーを救いたがっている。好きなんだと思う」


 マルコは話しながら、ダニオとの会話を思い出していた––––。


     ◇


「なんでこんなに訓練してるの?」


 マルコは、何気なくダニオに話しをふってみた。二人の前では、村の若者たちがまだ木刀を交わしている。

 ダニオは赤面した。


「……お前、好きな子とかいるか?」


 顔を赤らめて言うダニオを見て、マルコはますますダニオが気に入った。「嘘つけなさそう」と思ったので、自分も正直に話した。


「ああ、いるよ。本当はその子に会うために、今すぐ南の端村はしむらというところへ戻りたい。だけど、どうしても王都でやらねばいけない用事があって、それを済ませて戻るつもり––––」


「えらいっ!」


 ダニオの大声に驚いて、マルコは目を開き横を見た。

 ダニオはたれ目を大きく開いて、涙を浮かべこちらを見ている。


「そうだよな、そうだよな。好きっていうのは、そうそう単純な事じゃあない」


 マルコは「君は良い意味で単純だけど」と思ったが胸にしまった。

 ダニオは一気にまくし立てた。


「もう、たまったもんじゃないっつーの! 好きな女がいて、その子がしきたりだかなんだか気持ちわりーもんの犠牲になろうとしてる。それをアニキは『仕方ない』とかぬかしやがる! ここで何もしなけりゃ、このダニオ様の男がすたるってーの––––」


 どんどん顔を近づけるダニオ。

 マルコは「わかった! もうわかった」と手をかざし、飛び散るつばを少しでも防いだ––––。


     ◇


 暖炉の灯りが、目を大きく開くゴードンとアルの顔を照らした。


「わかりやすいな」


「うん。わかりやすい。……相手が何者かわかってるのかな?」


 そう尋ねるアルに対して、マルコは無言で首を横に振った。

 杯を傾け、気持ちを切り替えたアルは、今度はゴードンに目配せして話しをうながす。

 気づいたゴードンは、淡々と語った。


「寄り合い長と会った。腹に一物いちもつある男だ。しきたりの事は話さぬ」


「……それだけ?」


 アルが驚いた顔から、ほっとしたような顔に変わる。

 ゴードンは一口飲むと、いつもより小声でつぶやいた。


「あとは昔話。町で起きた刃傷沙汰を引きずってるらしい。明日また会ってみる。『村々の守り神』の正体を聞き出したい」


「そうかぁ。ゴーディも、なかなか苦労してるね。そういうえらい人にはさ、何かお土産を持っていくといいよ。いま飲んでる蜂蜜酒はちみつしゅとか––––」


「そんな真似! ぐっ……検討しよう」


 ゴードンの一瞬の剣幕に、アルは驚いた。

 マルコは軽い気持ちで聞いた。


「……それで、アルの収穫は?」


「え?」


「え、じゃなかろう。貴公の番だ」


 ゴードンも落ち着きを取り戻して顔を向ける。

 ゴードンとマルコにまじまじと見られ、アルはあせりの表情に変わった。なんとか声を絞り出す。


「えぇと……岩鬼トロール


「……は?」


 マルコとゴードンは同時に発した。


     ◇


 翌日の寄り合い長の部屋。

 テーブルには、蜂蜜酒はちみつしゅ葡萄酒ぶどうしゅの瓶が一本ずつ置いてある。

 部屋の窓に、雨のしずくが音をたて打ちつけられていた。窓からの景色は、白いもやがぼかしている。

 髪と髭を濡らしたゴードンが、落ち着いた声をあげた。


「いずれかお好きな方をどうぞ」


「これはこれは……このような振る舞い、意外でした」


 若白髪の寄り合い長プロピウスは、面白がってゴードンを見つめた。

 ゴードンは下を向いて、鼻をかきながら言い訳する。


「そもそもは私の考えではござらん。

 友が––––」


「ご友人が! それは、とても素敵なことですね……」


 そう答えるプロピウスの声が、なんだか妙だ、と思いゴードンは静かに顔を上げた。

 プロピウスが遠い目を窓に向けている。何かを思い出すように。


「……私にも、大切な友人がおりました。真の友人とは、本当に得難いものです。年を経るごとに。そう思いませんか?」


 ゴードンは、それに同意するように軽くうなずいた。寄り合い長が続ける。


「本当は、彼が寄り合い長になるはずだったのです。私はそれを待ち望んでいた」


「昨日うかがった事件の御方かな?」


「……あんなことさえなければ。いや、そもそも姉がもっと待つ事ができていれば。いやいや、あの時は私も姉の相談にのったのです」


 プロピウスのあやうげな様子に、ゴードンは胸騒ぎがした。だが気づかれないよう、努めて自然に尋ねた。


「御姉様がいらっしゃるとは初耳です」


「死にました。そう思ってます。白金色の髪が、本当に美しい人でした」


 続けざまに、雨のしずくが窓にあたり耳障りな音をたてる。

 ゴードンは気力をふり絞り、なんとかさりげなく尋ねた。


「御姉様の元恋人で、あなたの真のご友人、という事ですかな。その御方は、今は、どうされているのですか?」

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