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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
1.南のはしっこの森
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4 歌う小熊亭の夜

 その夜、マルコが風呂から戻ると、部屋は暗いままだった。

 奥の扉で、ぼんやり白い光がにじみ出る。


 マルコは風呂の感動を伝えたくて、わめきながら扉に歩み寄る。


「聞いてよアル! ここ、ヒノキのお風呂があってね、もんのすごく良い香りがす––––」


 彼が扉を開けると、やわららかい雲のような、白い光がいくすじも扉からあふれ出した。

 思わず腕をかざしたマルコは、顔の前から腕をおろすと、目を大きく見開いた。


     ◇


 光のみなもとは、アルの大杖の先端に仕込まれた白くかがやく宝石。

 あの暗い袋は、この石を隠していたのだ。

 杖の先は数本の枝に別れ、まるで骨と皮になった老人の指がつかむように、しっかりと石を支えている。


 その光の下に、アルが座っている。

 赤い葡萄酒ぶどうしゅが入ったグラスを脇机わきづくえに置き、窓から外をながめご機嫌だ。


 すると彼は、口からゆっくりと息を吐き、何か唱える。

 窓の外へ、石から雲が、飛び出していく。そして、いくつもの細い光のすじに分かれ、外の広場へと散っていった。



 その光景を凝視ぎょうしするマルコに、アルはのんびり語り出す。


「説明するね……。

 この白い石は『神の善意』というものだ。王がいるみやこではグリーと呼ばれる。


 強力な魔力を秘めていて、近くにあれば、人に活力や希望をもたらし、より良き者にするといわれる。


 ただし、人はこれにじかれることはできない。もし触れると、あまりに強い力で、人ではない者に変わってしまうから。


 例えば……ある古文書に、うっかりグリーにさわった男の記録がある。彼は、背中から白鳥のような羽が生えてしまい、妻を置いて泣きながらどこかへ飛び去った、という」


 おもむろにアルは立ち上がり、マルコへと向いた。


「私は、王立魔法学院(アカデミー)に代々伝わるグリーを託された、探究者という者なのです。

 この力で、貴方あなたをこの地にまねきました」


 今や、アルバテッラ王立魔法学院(アカデミー)探究者と名乗ったアルフォンス・キリングは、その長身を真っすぐに伸ばした。

 そして頭を沈めて膝をつき、マルコに拝礼する。


 緊張のあまりマルコは、湯上がりの薄着のまま立ち尽くし、何度もくしゃみをした。

 しかしアルが優しく微笑ほほえんでくれたので、マルコはほっと安心した。


     ◇


 着替えたマルコに、アルは窓際の椅子をすすめ、頼みを話す。


「実は、神の善意に相対あいたいする石もあって。

 そちらは『神の悪意』というんだ。

 私たち魔法使いは、マリスと呼ぶ。


 長年私は、この近くにその石があるんじゃないかと調査をしていて……。

 今回、マルコが召喚に応じてくれたから、一緒に運び出して、管理がととのった王都へ行こうと思ってる。どうだろう?


 もちろん、難しかったらあきらめる。

 きみが望めば、帰還の術を発動するよ」


 そう聞いて、マルコは混乱するばかり。

 自分の事も霧がかって思い出せないのに、善意の石だとか、悪意の石だとか、自分がどうしたいかなんて、わかりようがなかった。

 気づくと、目から涙を流していた。


「あの、大きな話で驚いて……。

 そんな石を運び出すって、僕なんかで役に立てるの?

 この近くに悪い石? があって、アルが、この村から離したいっていうのは分かるよ。

 みんなのことを考えてのことだよね?」


 その言葉に、アルは驚いて目を開く。

 だが、口もとは結んだまま、続きをうながした。


「でも、そんなに力のある石なら……とても危険じゃないの?

 そんなの、僕、そんな責任持てないよ!」


 マルコの感情が爆発しそうになる。

 アルはゆっくり両手を広げ、震えるマルコを抱きしめた。

 そうして、ささやく。


「もちろん君は、このことに責任はない。

 帰還の術はほどこしたので、何かあっても、君は元いた世界に戻るだけだ。だから安心してほしい。


 神の悪意はどんな石なのか?

 大変危険なものだ。けど、目にしてもらったほうが話は早い。

 言葉でそれを語るのは、ひょっとすると、この白い石を語るよりもずっと難しい。


 そして、最も大切な問い。

 君が、この仕事で役に立てるのか?

 言うと、君は必要不可欠な存在で、むしろ君がいなければ、マリスを運ぶことは大変な困難を極めるだろう」


 言うが早いかアルはうしろにあった大杖を手に取り、マルコの前に神の善意と呼ばれる石をかざした。


 柔らかい光がマルコの顔を明るくてらし、輪郭を黒くする。

 マルコは、その光が嫌ではなかった。

 ほんのり暖かくて、気持ちが良かった。


「マルコ、君は、雪壁の山脈から西、アルバテッラの人じゃない。

 私たちの神の影響の下にないんだ。

 だから……この石を、手で、さわってみて」


 マルコは、なぜこの時素直に従ったのか、自分ではわからなかった。

 それはずっと心のつかえとなって、その後も解けない謎のままだ。


 だが今この時は、魔法使いの願いに応じてその指を伸ばした。


     ◇


 神の善意、グリーと呼ばれるその石は、窓からのぞむ星空を背景に、満月のように白く輝いていた。

 マルコと呼ばれる異邦人の手が、かさなる。

 彼が目を閉じると、涙のあとを光がてり返す。

 光に触れた指は何か感じるように脈打つ。


 しかし、れた黒い髪は風にられ、彼の表情はどこまでもおだやかだった。


 彼は変わらず彼のままで、ゆっくりと瞳が開く。

 魔法使いと目が合うと、青年というにはおさないような、甘い笑顔を見せた。



 アルは、れたように笑顔を返す。


「これが、あなたをこの地に招いた理由で、私が召喚術の探究者となった理由なのです」


 そして彼は、鋭い目で白い石を見つめた。


     ◇


 その頃、同じ屋根の下で、いのりをささげる者がいた。

 背中に桃色ピンクの髪が流れ、細い指を組む。

 窓際でこうべれ、唇は小刻こきざみに動く。


 窓の外から、一筋ひとすじの白い光が舞い降りて、その少女の祈りの中へと、けていった。

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