1 街道沿いの野営地
夜のアルバテッラ。中央西寄り、南北にはしる王都街道。
街道と西の森の間に、王立軍が用いる野営用の敷地があった。
そこのかまどを囲んで、風変わりな組み合わせの三人が騒いでいる。
かまどの鍋には、赤い色の煮込みがぐつぐつと煮たっていた。
「もういいんじゃないかな? アル。
あまり熱いと舌がやけどしちゃうよ!」
革鎧に鉄の肩当てをつけた青年が、おたまで鍋をかき回しながら声を上げる。腰には不思議な暗い色の袋をつけていた。
「まだだ! マルコ。すっぱいのが苦手だろう? 保存用はよく酸味を飛ばして、香草も入れて最高のごった煮を––––」
暗い色の袋をかぶせた大杖をかたわらに、背が高く薄灰色の法衣姿の若者が答える。体を回し、食器や調味料をあわただしく準備していた。
となりの丸太に座っていた、銀の鎖帷子に白い法衣をはおったドワーフが、立ち上がって野太い声を張り上げる。
「二人とも静かに! この森も安全ではない! 最近、山賊が出たという報告も––––」
その時、ヒュン! と音がした。
立ち上がったドワーフの股下、つい今しがた座っていた丸太にしっかと矢が刺さっている。
マルコとアルが同時に声をあげた。
「ゴーディ! 大丈夫?」
ドワーフ神官戦士のゴードンは、おそれる様子もなく眉を上げた。悠然とかたわらの戦斧を持ち上げると、怒りをあらわに叫んだ。
「敵襲だ! 戦闘用意! 突撃!」
ゴードンは勇ましく駆け出した。どたどたと足音をたてながら、ゆっくり森へと近づく。
マルコは急ぎおたまを置くと、少し迷ったあと、白木の棒と三角盾を手に、素早く森へ駆け出した。
アルはひととき呆然とすると、急ぎかまどの火に土をかけ、荷物に手を入れ何かを探しはじめた。
◇
「……ぐほっ! ……いぃっ!
…………うああああぁぁぁ!」
月が照らす森の中、哀れな叫び声がする右手へ、マルコは目をやった。
ゴードンが斧の柄で、細身の山賊をさんざん殴り、三撃目の横殴りで遠くまで飛ばしていた。
マルコは思わず目に手をあて「いったぁ」と人ごとながらつぶやいた。
すると、前方からだみ声があがる。
「おらあぁ! どっち見てんだあぁ?
……やるぞっ! 本当にやるぞっ!」
やはり細身の山賊が、曲がった剣をふり回し、ギラついた目でマルコを威嚇する。しかし、叫ぶ山賊のお腹が、ぐうと鳴るのをマルコは聞き逃さなかった。
「あぁ、食べてないんだろうな。辛いよね」と彼はその山賊に同情してしまった。
その山賊は恥ずかしいのか、やぶれかぶれなのか、剣をあらくふり下ろした。マルコはなんなく相手の右手に踏み込むと一瞬ためらったのち、柔らかい三角盾で、どんと相手を突き飛ばした。
山賊はよろよろしたあと、あっけなく尻餅を突いた。
「な? んじゃあ、こぞおぉ」と悪態をつく。
その時、マルコの背後からよく通る声が聞こえた。
「なんびとも、この特製トマト・シチューには手を出せぬ! 灼熱の壁!」
はっとマルコがふり返ると、アルが巻物を手に、呪文を唱え終えていた。
巻物は赤い光りを放って消えた。
とたん、ゴオッ! と轟音を巻き上げ、アルとマルコの間に何本もの火柱が立ち上がる。
「あちっ! ぅわちっ!」
マルコは、顔に飛び散る火の粉を盾で防ぎ、火柱を避けて横に逃げ出す。もう戦闘どころではなかった。
遠くから野太い声も響く。
「あつっ! なーにをしとるんじゃアル! 森ごと丸焼きにする気か? ……あっつ」
ゴードンも意表を突かれていた。
山賊たちも口々に「やべえ!」「こいつらやべぇ」と叫ぶと、森の奥へと逃げていった。
◇
野営地のかまどを囲んで、黒い煤にまみれたマルコとアルとゴードンは、椀から赤い色の煮込みを仲良くすすっていた。
やがて、ゴードンが思い出したように、「ホッ! ……ホホッ」と笑い出す。
アルが鋭い目でにらみ、謝った。
「……だから、悪かったよゴーディ。私も必死だった。で、手に取ったのが『炎の壁』の巻物で––––」
それを聞きながら、マルコは後ろの森をふり返った。
森の境は見事に横一列が黒い焼け跡になっている。野営地の敷地は一小隊50人は入るほど広がっていた。
マルコは「よく燃え広がらなかったなぁ」と感心した。三人で炎に土をかけ、周りを打ち払い、なんとか鎮め消したのだ。
おもむろに、ゴードンはすっくと立ち上がると、両腕を広げわざとらしい声をあげた。
「南の魔法使いアルフォンス・キリング! 神の善意の石、グリーを使う探求者! 何人もこのトマト・シチューには手を出せぬ!」
それを聞いたマルコは、吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
アルは額に手を当てうなだれる。
「からかうなよ、ゴーディ……」
アルがつぶやくとなりで、ゴードンは「ぐわっはっは!」と大口をあけ豪快に笑っていた。
マルコはなんとかアルに助け舟を出したかった。
「……あ、でもこれ、本当にうまいよ!
その、アルが……守ってくれたトマト・シチュー……」
そうマルコが言うと、ゴードンは腹を抱えて大爆笑した。
「トマト・シチューを守る者! ヒーッ!」
と涙まで流す。
アルは、ますますうなだれて肩を落とした。
下弦の半月が、かまどを囲む三人を、優しく照らしていた。
初夏は過ぎ去り、パラつく小雨が空気を湿らせている。
雨季に入ろうとしていた。




