21 混沌の祭り 神追いの作戦
混乱した神殿参道では、グリーの白い光と百もの松明が、何かが起きそうな初夏の夜を演出していた。
マルコがアエデスたちの元へおりていると、棒と松明を持って果敢にも巨神へ向かう熟女衆とすれ違った。
彼はそれを目で追ったが、いったん指示をもらおうと急ぎ駆け下りだした。
アエデスは立ち直っていた。アルとゴードンを近くへ呼ぶと、向かってくるマルコにも手招きをする。
そして、すぐに作戦会議をはじめた。
「いろいろあったが……ここからは時間との戦いじゃ!
犠牲者を出さず、夜明けまでに奉納を済ませる!」
汗をかきながらマルコが訴える。
「あの! 棒を持ったおばさんたちが登って行ったけど、大丈夫?」
「あの者たちの力も借りる。とはいえ支援はいるな。
テンプラムの徒よ! 旦那衆が……いや神追う女たちが! 負傷したら手当てのほどを!」
美女神官たちはアエデスの求めにキリッとうなずくと、それぞれ着物をひらめかせて坂を駆けはじめた。
アエデスが、マルコとアルに向き直る。
「よいな。女たちは混沌神を追い立てるはず。お主らは間隙を突いて、今度は同時に脛に当てよ。色を間違えるなよ」
「同時に当てる?」
アルが聞きかえす。
周りを、今度は布一枚の集団が、松明を手に騒がしく駆け上がる。
アエデスは無表情のまま一呼吸おいて続けた。
「それで混沌神を遠くまで飛ばす。そうさな、あと数回打ち込めばいけるじゃろ。
みなの者! ゆめゆめ油断するなよ!」
会議が終わると、マルコはあわてて坂を駆け上がりはじめた。
後ろからドワーフの野太い声が聞こえる。
「マルコ! 忘れものだ」
坂の上でマルコが振り向くと、ヒュンと風が鳴り、何気なく上げたマルコの手に白木の棒がすっぽりと収まっていた。
驚いて棒をちらりと見た後、マルコも不敵な笑みを浮かべる。
「ありがとう! ゴードン!」
二人は、お互いを初めて呼び捨てにし、遠くから見合った。
豪奢な法衣のままのアルは、そんな二人を微笑ましくながめた。そして、マルコを追いかけ、あわただしく坂道を駆け上がっていった。
◇
マルコとアルが去った後、アエデスとゴードンも並んで坂を登る。
ふいに、アエデスがゴードンの腕をつかみ、崩れ落ちて、あえいだ。
「ハァ……時間との……戦いじゃ」
「アエデス様……」
ゴードンは、息を切らすアエデスを見つめ、眉尻を下げた。
◇
巨大なディオニソス神は、神殿参道の半ばで、熟女衆たちに白木の棒で追い立てられていた。
「アイ、アイ、アイ、アイ、アイ!」
熟女衆は口々に叫んで、棒で地面をたたき巨神に迫った。苛立つように巨神が腕をふるう。
みんながよける時もあれば、誰かが外側まではじき飛ばされる時もある。美女神官がそれを介抱した。
しかし、熟女衆の勇壮なかけ声に圧され、足下にいくつも棒がくるわずらわしさから、巨神はじりじりと後ずさりしていた。
さらには、手には松明、布切れ一枚を着た裸足の集団。ほこりにまみれて、もう蛮人の群衆にしか見えなくなった元富豪たちも追いついた。
その者らは、祭りのしきたりなど知らなかった。だが、心を合わせるように、熟女衆と一緒に「アイ、アイ、アイ!」と声を響かせる。
数百の声が空気をうならせ、巨神をも威圧した。
派手なマントをなびかせる熟女衆の頭が、それに気づいてふり返る。彼女は、口の端をあげて妖艶な笑みを浮かべた。
その時、坂の両端、石柱の陰から、二つの影が巨神に向かって飛び出した。坂の右側、巨神の左足には俊敏な小柄な影。左側、巨神の右足には、背を曲げた長い影が必死に走る。
マルコは、巨神の白い左脛に近づくと、坂の反対側を見た。アルがあごをあげてまだ走っている。仕方ないので、マルコは足踏みしてアルの到着を待った。
巨神は、熟女衆と蛮人たちのかけ声に圧され、うっとうしいように頭を反らせていた。
アルは、やっと巨神の黒い右脛の間合いに入る。坂の反対側のマルコに大きくうなづいた。
「せーのっ」とマルコの声がして、棒を振りかぶるさなか、あちらではもう火花が散ったのがわかった。
なのでアルは、あわてて脛当てめがけ棒を振り切った。
巨神と対峙する群衆の前、右と左で順に火花が散った。巨神が夜空に跳ぶと、向こうには頂上の神殿がおぼろに見える。
飛び上がった巨神は、参道のはるか向こうに降り立った。
熟女衆の頭がすかさずふり返って叫ぶ。
「さあ! 行くわよ。みな遅れないで!」
熟女衆、美女神官団、蛮人たちが、土煙を上げながら参道を駆け上がる。
その勢いにはじかれ、マルコとアルは合流できなかった。そのまま二人はつかれ果て、それでも坂の両端を登りはじめた。
ふとマルコが先を見上げると、遠くで巨神が足踏みしている。
「次は何が……?」自分には影響ないとわかってはいたが、マルコの胸の鼓動は早まった。
ジャンジャン ジャンジャン ジャンジャン
ジャン!
混沌の神ディオニソスは、神殿参道を遠くまで見渡す。そして、ブルブルブルッと牛の首をふった。
「ガッチャッ!」と音をたてると、瞳が左右白黒に戻った。
◇
走る蛮人集団は、進みが遅くなった。元淑女で、たくましい蛮人だった男はバテた。元紳士の、ふくよかな女がとなりから追い抜いた。
剃髪の神官たちはみな、坂を走る進みがすぐさま遅くなった。
息を切らしながら、群衆の間をかき分けお互いを探す。
彼女たちは、艶やかな美熟女神官になっていた。
仲間を見つけると、「もうやだあ」と声をかけ合い、励まし合った。
元々の旦那衆は、熟女衆をへて、今は小娘衆となっていた。彼女たちは走りがぐんと速くなり、自分たちでも驚いていた。
小娘の頭があわててみんなを引き留め、可憐な声をあげる。
「ちょっと待って! みんな聞いてっ!」
同時に小娘衆は立ち止まり、頭を中心に円陣を組んだ。
頭は両拳を胸の前で握ると、訴えた。
「もうすぐだよっ!
わたし達、もう少しで、神追いをじょうじゅできるの!」
周りの小娘衆が一斉に泣き出す。
「だからお願い。もう少し、もう少しだけ、みんなの力を、分けてもらえるかな?」
そう頭が言うと、小娘衆は美しく澄んだ声で、「アーーイ!」と元気よく応えた。
そして、みなが同時に棒をかかげ、同時に坂の上に顔を向けると、同時に駆け出した。
小娘衆の一連の動作には、寸分の乱れもなかった。
そして、あの二人にも変化は及んでいた。




