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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
1.南のはしっこの森
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2 端村へ

 マルコは、山を歩くのは楽しかった。

 途中までは。


 山道のわきには、シャクナゲの緑が連《つら》なり菜の花の黄色も見える。

 右手の崖下《がけした》はヒノキの森。風が舞うたびに爽《さわ》やかな香りを運ぶ。

 季節はもう春だ。


 旅の二人は、並んで荷車を引いていた。

 アルは大杖をつきながら、ぶつぶつと何かつぶやいている。

 マルコは、竹の杖をご機嫌にふり回す。


「アル、この辺は平和でいいとこだね。

 わからないことだらけだけど」


「マルコ、この辺は全く平和じゃあない。

 特に端村《はしむら》のはずれ森は危険で––––」


 ギエエエエエェェェェァッ!


 ビクッ! としてマルコは、聞いたこともない鳴き声の方を向いた。

 見たことない鳥の大きな影が、森から飛び出し、山頂へと羽ばたいて行く。


「あ…あれ」とマルコが指さす。

 だが、アルは目の上に手をかざし、平然とつぶやいた。


「……グリフォン? かなぁ。

 まあ発情期だからこっちには来ない––––。

 アーーー!」


 こんどは何だと思いながら、アルの指さす先をマルコは見た。

 次つぎと野菜を落としながら、荷車が坂道を転《ころ》がっていく。

 アルは、法衣《ローブ》の裾《すそ》を持ち上げ走り出す。


「拾《ひろ》って! 大事な野菜マルコも拾《ひろ》って!」


「えー!」と難儀に思い、マルコは足もとのキャベツを手にとり、アルへ叫んだ。


「魔法使いなんでしょー? なにかないの?

 こう……便利な」


 アルは立ち止まり、さっと杖を高くかざす。


 しかし、何も起こらなかった!


 次の瞬間、アルは道の人参《にんじん》を拾い駆け出す。

「ええぇ?」と拍子抜《ひょうしぬ》けして、マルコはあとをついて行く。


 アルバテッラのうららかな春。

 山脈の南、緑豊かな山道。

 背の高い法衣《ローブ》姿の若者と、小柄な異邦人が転《ころ》がる荷車を追い駆けていった。


     ◇


「あの門が、そうだよ」


「そうですか……」


 アルとマルコはすり切れた衣《ころも》を引きずり、つかれ切って、端村《はしむら》の門にたどり着いた。


 森と山道に面した門は、低い戸板しかなく動物を防ぐことしかできそうにない。

 すでに日は傾《かたむ》いて、アルが戸板を開くと、西日でできた影も開いた。


 門のとなりは見張り台だ。

 マルコが見上げると、冷やかす声が届く。


「なーんだあ? お前ら見ねえ顔だなあ!

 こんな辺ぴな村に何しに来やがった!」


 台の上から、錆《さ》びた鉄の甲冑《かっちゅう》をきた男二人が見下ろしている。

 下卑《げび》た笑いを浮かべ、酒瓶《さかびん》を傾《かたむ》ける。


 アルは急に顔を上げると、作り笑いを浮かべた。


「おつとめご苦労さまですー!

 いつも通り、野菜を届けに参りました。

 山の上のアルでございます!」


 甲冑の男二人は、何やらこそこそ話すと、片方が落ち着いた声を出す。


「お前は知ってる。……魔術師、だろう?

 もう一人の、ちびっこいのは何だ?

 子どもか?」


 もう片方の甲冑が吹き出し、飛び跳《は》ねる。


 小柄な事をからかわれ、ムッとしたマルコは、期待してアルの顔を見た。

 だが、アルは作り笑顔のまま。


「いえいえー! この者は、私の親戚です。

 名をマルコと申します。

 本日は手伝いで連れて参りました!」


 甲冑の二人は再びこそこそ話す。はじめに声をあげた男が、神妙な顔で言った。


「ふん! 通って、よおーし! グハハハ」


 アルはその言葉を待たず、荷車をすみやかに門の中へ入れる。丁寧に戸板を閉じた。

 荷車を引くと、すばやくマルコに顔を近づけささやく。


「あとは何を言われても流して!

 相手にしないようにね」


 背後から、からかうような笑いがまだ聞こえた。


 荷車を引きながら、マルコはぼそぼそたずねる。


「何なの、あれ? 門番じゃなさそうなのにえらぶっちゃってさ……。

 あんなに酔っぱらって見張りできるの?」


 肩越しにふり向いたアルは、意外にも悲しげな顔をしていた。

 そんな彼を見たマルコは、どきりとした。

 アルは語る。


「彼らは、元は都《みやこ》で訓練を受けた立派な兵隊さん達なんだ。

 ここに来ると……みんな、ああなっちゃうんだけど……。

 彼らのせいだけじゃないんだよ」


     ◇


 端村《はしむら》の広場に、枯れた噴水がある。

 周りは様々なお店だった。

 雑貨屋、洋服屋。

 食品店は、遠くから見ても商品が少ない。

 閉まっているお店も多く、歩いている人もほとんどいない。


 鍛冶屋らしき店の奥で、白髪《しらが》の老人が椅子《いす》に座り、沈んだ目でこちらを追う。

「活気がないのかなあ」とマルコは思った。


 歌う小熊亭は、そんな広場の奥にあった。

 緑色の扉の上に、看板がつり下がる。可愛《かわい》らしく、口をあけた小熊が描かれていた。


 それを見上げ、マルコはつぶやく。


「子グマ? 熊が……歌っている?」


 輝《かがや》く笑顔でふり返ったアルは、興奮して語り出す。


「そう! 久しぶりに食べられる! ここの自慢のチーズかけ野菜スープリゾット!

 旨《うま》い出汁《だし》が新鮮な野菜たちに染みて……。

 くーーっ!

 ホロホロ鳥のお肉も入っている!

 お肉とご飯と野菜とチーズを一口で––––」


「早く入ろう……」


 話しが止まらないアルを押しのけ、マルコは緑の扉を開いた。


 これまで経験したことないほど、お腹がすいていたのだ。

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