1 西のいにしえの町へ
アルバテッラの南、はずれ森の西の境で、葉が茂る木立の中に、朝の光が一筋さした。
照らす先には、焚き火の跡が見える。
木立の向こう側、葉の隙間から草原の緑がのぞく。そこから、流れる川のせせらぎが、途切れなく聞こえていた。
マルコは、焚き火のそばの木に背をあずけて座っていた。
旅の連れのアル––––神の善意の石を隠した杖を持つ魔法使い––––と大喧嘩したことを、後悔していた。
夕べは意固地だったかもしれないと思う。しかし今でも、アルの言い分に心から納得したわけではなかった。
「やっぱりどうしても端村に一度戻りたい」と譲らないマルコに対し、アルは諭すように何度も丁寧に説明した。
マルコの腰、暗い袋の中にある黒い石––––マリスと呼ばれる神の悪意の石––––が、ここアルバテッラの人々にとって、いかに危険なものであるか。
枯れ川の洞窟の奥で、アル自身がその石に支配され、もう少しで人ではない何かに変わってしまいそうだった事。
何かの拍子でその石が袋から出されてしまえば、端村の人たちも容易にそうなってしまう事。
そして最後はいつも、寂しそうにこう言った。
「端村の人たちは、昔から、その神の悪意の石の近くに住んでいた。だから何年も何年もそのマリスの災いを受けて、弱ったに違いないんだ。
マルコ、君のおかげで、やっと彼らは解放される。……だからこのまま、自然と活力が戻るのを、そっと見守ってあげて欲しい」
マルコは、頭ではその理屈がわかっても、会いたい人に会うことができない辛さは変わらなかった。
頭でわかる正しい方向と、心の向く先が、どうしても一致しないことがある、と彼は初めて知った。
それでもマルコは立ち上がり、アルに自分の思いを伝えようと思った。
そう決意すると、さっきまでは顔も合わせたくなかったのに、早くアルに話したくなって彼を探しはじめた。
先ほどアルは、「川で洗い物をするね」と木立の向こうへ消えたままだ。
「アルー! わかったよ!
端村に寄るのは、マリスを王都へ届けた後にする!」
そう叫びながら、マルコが木立をかき分けて森を出ると、正面は太陽に照らされ、光り輝く草原におおわれた丘だった。
「マルコー!
わかってくれると思ってたよ!」
そう答える先に目をおろすと、土手の下を流れる浅瀬に、手ぬぐいを持つ裸のアルがいる。そのまま彼はこちらを向いた。
「それじゃ、このまま丘を西へ越えて、私たちは古の町、テンプラムへと向かう!」
日の光で橙色の髪は輝き、笑顔をはじかせる。
一糸まとわぬ姿のまま、彼は何も隠そうとはしなかった。
「いやあああああああぁぁぁぁ!」
マルコは、女の子のような悲鳴をあげてしまった。
真っ赤になって、アルに背を向ける。
「どうした? マルコ! ……まさか、神の悪意が––––」
「違う! 違うよ、アル。お願い……。
お願いだから、何か着て!」
「…………。なんだい。……男同士なのに」
アルは首をふりふり、小川から上がろうとじゃぶじゃぶ水音をたてた。
マルコは自分でも、なぜアルの裸にこんなにも動揺したのか不思議だった。
思い出そうとしてみても、この地に来る前の記憶は、ぼんやりとしてわからないまま。
「自分の体と魂はズレてるのかな?」と彼は一瞬考えたが、それは脳裏をかすめただけですぐに忘れてしまった。




