17 洞窟
うららかな春の午後。
洞窟の入り口は、人が三人も通れば狭く、高さはマルコの倍ほどだった。
穴の周りをゴツゴツした岩がおおう。
地面は、乾いた土が舞い上がる。
マルコがうしろへふり返ると、丸い石が散らばる河原。
その先に、ほんの少しの水がちょろちょろ流れる浅瀬がある。
地層がむき出しの崖を見上げると、ふちに腰掛けるエルベルトがいた。
エルベルトは微笑みを浮かべ、弓を持つ腕をふり上げる。
「大丈夫だ。ここからなら良く見える」
マルコは不満げに手を上げ、やっと届く小声で訴えた。
「だからなんで一緒に入ってくれないの?
ホントに、僕一人で行かせるつもり?」
「悪いな。土の中は苦手だ」
短い理由で済まされて、一人で洞窟に侵入させられるなんて。普段のマルコなら従えないだろう。
しかし、この時の彼は、冷静だった。
もう一度、洞窟の奥へ目を凝らすが暗くてよく見えない。
マルコの背に、エルベルトが声をかける。
「慎重に進み、見つかったら戻れ。
あとは何とかする」
「了解」
ふり返らずにマルコは言うと、腰の後ろに手をやり、エルベルトから渡された剣をまたもや触って確かめた––––。
◇
マルコが崖を降りる前。
エルベルトは、どうしても自分は中までは入れないと言って、「代わりにこれを」と、一振りの剣をくれた。
マルコは、細部まで模様が刻まれたこった意匠の鞘から、剣を抜いてみた。
小剣よりも短い刀身は、優美な流線形の、片刃だ。
柄は狼が形どられ、開いた口から刃が飛び出す。
洗練された業物だが、マルコはなんだか、原初的な印象も抱いた。
「それじゃ、予備の剣として持ってくよ」
そう答え、彼は腰帯に結んだ––––。
◇
その剣を手で触って、まだちゃんとそこにあると安心する。
マルコは、左腰から小剣を抜いて、左手に鉄付小盾を構えた。
ふうと一息つくと、ゆっくりと慎重に、暗い穴へと入って行く。
洞窟の暗闇を目の前にすると、さすがに緊張して一歩ずつ足を進めた。
エルベルトは、崖の上から洞窟に入るマルコをながめていた。
ゆっくりだが、しかしためらいはない。
穴の暗闇へと消えていった。
◇
中に入って、マルコが驚いたことに、穴の中は少し暖かく、居心地も案外悪くないと感じたことだ。
普段と違い、暗がりの中でも初めから目が慣れていた。
洞窟の中は、乾いた白っぽい土の壁が続き見たとこ先まで一本道だ。
マルコは油断せず、辺りの気配をうかがいながら少しずつ進んだ。
エルベルトの加護のおかげか、不思議と夜目がきいて、歩き続けるマルコ。
だが、そろそろ明かり無しでは難しいと思いはじめていた。
とその時、右手の先に分かれ道がある。
「あそこまで行って、いったん戻ろうか」など考え進むと、分かれ道の壁ぎわで、子どもの頭が動いた!
マルコは、ゴクリとつばを飲んで、小盾を持つ手に力を込め、そろりそろりと忍び足で分かれ道に近づいていく。
もう分かれ道はすぐそこ。
壁に顔を寄せ、少しずつ、少しずつ、マルコは右をのぞき見る。脚に、何か触れた。
「ギァアアアアアアアアアーーー!」
「うわああああああああ!」
思わず金切り声に応え、叫ぶ。
だが、目の前には何もない。
マルコがあわてて下を向くと、初めてみる顔の作りが人とは違う者がいた。
赤く光る目、横に飛び出した耳、そして、大きすぎる口がいっぱいに開いて絶叫する。
それが、棒をマルコめがけてふり回す。
飛び下がって不気味な生き物から離れた。
それは奇声を上げながら、なおも棒を手に迫る。
「イイィィッ! ギァアアアアーー!」
今度はマルコは、棒の動きを見切って、左に踏み込み、反転して小剣をふるった。腰がすわらず、かするばかり。
しかし小柄な影が叫ぶ。
「ヒギイイィッ!」
次の瞬間、その生き物は分かれ道の奥へ、四つん這いで駆け去った。
「ハァ……ハァ……やったのか?」
マルコはあっけなく撃退できたことに実感がわかず、しばらく放心した。
やがて、元の道へふり返ると目の前にもう一匹がいる。
「……………………」
今度の相手は寡黙なようで、赤い目を開きこれ以上ないほど驚いた様子だ。
思わず、マルコも見つめ合う。
だが、その生き物は棒をふり上げた。
とても、ゆっくりと。
「……フイイィッ」
マルコも調子が狂ってしまった。
「ふおおぉ」と必要以上にゆったり左に踏み込み、棒をよける。
「何かの作戦か?」と、マルコが考える間もたっぷりある中、相手の脇が隙だらけだったので、剣を横にはらった。
「ヒィッ」
と短く声をあげ、生き物はやはり四つん這いになって、本道の奥へよたよた駆け去った。
マルコは思わず独り言が出る。
「ど……どういうこと?」
洞窟の入り口から真っすぐ続く、本道の奥へとマルコは目を凝らす。
赤い光がチラチラ見える。
マルコは「数が多いという事か」と思い、赤い点々をかぞえてみた。
「1匹、2匹、3匹、……4匹、……5匹」と、かぞえると、手前の点が、大きくまばたきをはじめる。
瞳は間近だった。
「ちょっ……ちょっと、多過ぎる……。
うわ……うわああああああああああ!」
マルコは叫び、遠くに光る出口を目指して逃げ出した。
背後から、ザザッザザッと恐怖が追る。
しかし、両手をふって全力で走ると、音はだんだん遠くなった。
見返ると、引き離せているようだ。
「ん?」と不思議に思いながらも、マルコは一直線に突っ走った。