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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
1.南のはしっこの森
18/204

16 枯れ川

 翌朝。

 森が終わる崖の先は、雲一つ無い青空。

 崖下は、水がほとんどないれた川になっていて、それを渡ると岩場だ。

 さらに遠くは、ずっと山だがさほど高くはなかった。


 マルコが身を乗り出してのぞくと、枯れ川の向こう岸、ぽっかりあいた黒い穴が見える。

 あれが例の洞窟か、と彼は思った。

 早朝からエルベルトと来たものの、小屋からそう遠くはなく、意外だった。


 木々の間からエルベルトが顔を出す。


「あまり身を出すな。見つかると危険だ」


 マルコは、あわてて木陰こかげに戻った。


     ◇


 葉が茂る木の下に、エルベルトはき火をおこしていた。

 火の上では、鳥肉が棒でさしてあぶられ、食欲をそそる香ばしい匂いを漂わせる。


「今回は、鳥の残りを山賊焼きにする」


 と、エルベルトはきっぱり宣言していた。

 マルコはその時は「はあ」と応じたが、今は食べるのが楽しみで仕方がない。

 小鬼ゴブリンを見張る不安と、うきうきと焼き鳥を待つ期待がまざり、彼は混乱した。


 エルベルトは、たまに鳥肉に調味料をかけて棒を回し、かと思うと背中を向けて、ガラスや食器の音を立てる。


小鬼ゴブリンは、日がある間は出てこないはずだが用心にこしたことは無い。

 入念に準備した上で、昼間こちらから不意打ちをかける方がいいだろう」


「なるほど……。

 ところでさ、天気が良いのはいいけど、こう晴れると、けっこう暑いもんだよね。

 歩いたからのどがかわいちゃったよ」


 そうマルコがこぼすのを聞いて、背を向けるエルベルトはニヤリとみを浮かべ、竹筒の水をそそぎ何かをいそいそ用意する。


 しばらくして、さわやかな笑顔でふり返ったエルベルトが、ガラスのはいをマルコに渡す。


「このお茶を飲め。

 かわきをいやし、すっきりするだろう」


「わぁー……ありがとう!

 これ何? えた緑茶かな?」


 マルコが見ると、杯の中身は鮮やかな緑で底に細かい茶葉が沈む。

 マルコは首まわりをパタパタあおぎ、冷えたガラス杯をかたむけた。

 一口飲んで気に入り、グビグビと飲む。


 すかさずエルベルトはマルコの方を向いて、指で何かの仕草をしながら唱えた。


「森におわす木の霊よ、の者に、静かなる加護かごを––––」


「ん? 何か言った?」


「ああ、おまじないだ。

 少しはすずしくなっただろう」


 エルベルトに言われ、マルコは確かに、そう感じた。

 そのうえ、混乱した気持ちも落ち着いて、まずは食事に集中できた。



 焼きたての鳥肉にかぶりつくと、パリッと皮が音をたて、口の中に肉汁があふれる。

 むと、塩味と少し酸味もあるうまさが口に広がる。

 美味おいしいものを食べる喜びで、不思議なことに、マルコは笑いがこみ上げてきた。


「ふふ。……うまい! 本当においしいよ。エルベルト! ありがとう!」


「そうか……。良かったな。

 まあ、あまり大声を出すな」


 いつものひかえめな笑みを浮かべ、エルベルトは応じた。

 彼も一口かじると、一瞬、目を見開く。

 だが、必死に冷静さをたもつように静かに口を動かす。

 それから、鍋で湯をかしはじめた。


 マルコが、申し訳なさそうに言う。


「あの……なにか飲み物ある?

 さっきのお茶を残せばよかったんだけど。水でもいいので––––」


「まあ待て! 早まるな」


 エルベルトは湯が入った小さな鍋を持ち、背中を向けごそごそとやる。


 しばらくして、さわやかな笑顔でふり返ったエルベルトが、手に持つわんをマルコに渡す。


「このスープを飲め。

 焼き鳥の油を流してくれる。

 うまさもさらに味わえるだろう」


 マルコがわんをのぞくと、濃厚な茶色のスープに、焦げ茶の粒が浮かんでいる。

 嗅ぐと落ち着く、出汁だしの良い香りもして、マルコは素直に口にした。

 コクがあり、これまた美味うまい。

 残る焼き鳥を頬張ほおばりもぐもぐとしたあと、両手で椀をかたむけ、ズズーッと流し込む。


 すかさずエルベルトはマルコを見つめ、指で何かの仕草をしながら、こう唱えた。


「地に住まう土の霊よ、の者に、安らかなる加護を––––」


「ふうう〜……。うまい!

 この組み合わせも、最高だったよ!」


 マルコは満面の笑みを浮かべ、エルベルトに感謝した。

 すると気持ちはさらに落ち着いて、食後の充足感に満たされた。

 くわえて行動しようという意欲、つまり、やる気も出てきた。



 二人で後片付けをしたあと、エルベルトは珍しく、そわそわしながら切り出す。


「食後の飲み物も用意した。もちろん!

 昨日のようなことは決して無い。

 酒の成分はないと確認して––––」


「ちょっと待って! エルベルト」


「……何だ?」


「さっきから僕に、何か飲ませてるでしょ?

 僕のこと、バカだと思ってるの?

 なにをやってるのか、教えてよ」


「精神が安定し、洞察力も増したな。

 加護かごがちゃんときいている」


 と言ってエルベルトは、おまじないの説明をはじめた。


 エルベルト自身は魔法を使うことはできないが、自然の存在にお願いして、守りや助けを得ているとのこと。

 だがその効果は、ほとんどが精神に作用するものなので、過信は禁物であった。


 マルコはたずねる。


「で、さっきは、どんなおまじないを?」


「森や洞窟の中でも、落ち着いて考え、行動できるまもりをかけた。

 ……先日、森のぬしに遭遇した時のような、動揺はないだろう」


「なるほど。それで、次は何をするの?」


 それを聞いたエルベルトは、マルコが初めて目にする、あやしい笑みを浮かべた。


     ◇


 マルコが持つガラスはいで、白銀液がかがやく。

 太陽にかざすと、日の光をびてまばゆい光を反射する。

 彼は、一口ふくんでみる。


「とろりとして甘い!」


 ニコニコと笑顔を見せるエルベルトを横目でにらんだあと、マルコは、ゆっくりとその液体をのどに流し込む。

 体が喜ぶ甘みが流れ、はらちからをもたらす。


 エルベルトは、今度は真っすぐにマルコを見つめた。

 手と指で何かの仕草をしながら、低く甘い声で、こう唱える。


「鉄にも銀にも宿る金の霊よ、の者に、つらぬく意志の加護を––––」


 ぐっぐっと喉を鳴らして、マルコは白銀の液を飲み干すと、大きな息を吐いた。


「ぷはー! うまかった!

 じゃなくて……今は何してくれたの?」


 エルベルトは、達成感を得たように、心からのおだやかな笑顔を見せて言った。


「わかりやすく言えば、君に勇気をさずけた」

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