14 虹色の大木の小屋
かまどの鍋から湯気が立つ。
それは上の小さな煙突に吸い込まれた。
小屋の中は、かまど以外に暖をとれない。
毛布は二人分あった。
ほかは小さなテーブルとベッドがあるくらいで、せまい空間だが、窓は三つで不思議と居心地は悪くなかった。
マルコは、毛布を肩に座る。
エルベルトが、椀に茶色いスープをよそるのを震えながら見ていた。
ソフィアの笹の葉弁当を思い出し、エルベルトに渡すと「これはいい」と鍋に半分ほど入れていた。
「祈りが充分なので明日までもつ」
と、彼はつぶやいた。
お粥入りスープが二人分。
準備ができるとエルベルトは指を組み、マルコは手を合わせ唱える。
「命をいただきます」
「いただきます」
エルベルトとマルコは、お互い怪訝な顔を見合わせたが、気を取り直し食べはじめた。
マルコは一さじ口にすると、はらはらと涙を流してしまった。
さっきまでの恐怖や緊張から解放され、温かいものが体に入り、まさに生き返った心地がした。
決して、悲しい涙ではなかったのだ。
エルベルトは、そんなマルコの涙に気づかないふりをして、黙々とさじを運んだ。
食べ終わって、ほうと一息ついたころ。
エルベルトが、部屋の隅に置いた革鎧を顎でさし、おもむろにたずねる。
「それで、なぜセバスティアンの鎧を?」
マルコは杯をたおし、水をこぼす。
「あ! ごめんなさい! 今ふきます……。
今の、シェリーのお兄さんの名前?
小熊亭の息子さん知ってるんですか?」
あたふたと、マルコは袖でテーブルをふきながら続ける。
「あーびしょぬれ……外にしぼりますね。
それで、どうなんです?
息子さんとは仲良かったんですか?」
窓から身を乗り出して、エルベルトに尻を向けるマルコが、肩越しに何度も質問する。
だがエルベルトは、無言でそれをながめ、手に持つ杯から悠然と水を飲んだ。
◇
エルベルトがアルも小熊亭の息子も友人だと言うので、マルコは一切合切彼に話した。
神の善意と、悪意の石のこと。
マルコが、神の善意、グリーに直接手で触れた話をした時、エルベルトは片眉だけ上げて反応した。だが夢中で話すマルコは気づかなかった。
シェリーの話で頬を赤らめ、剣や狩りの話では勇ましく手振りを交える。
小熊亭の一家が、長男の死からまだ癒えてないことを語るときは、涙目になった。
話がひと段落すると、マルコはエルベルトに小熊亭の息子、セバスティアンが森で何をしていたのか聞いた。
ふたりは、話し合う。
「セバスティアンは、ここで『見張り』をしていた」
「見張りって、何の?」
「マリスの毒だ。彼はマリスが、はずれ森に力をおよぼしている事に気づいていた」
「森の……主のこと?」
「違う。あれも毒にやられ危険ではあるが、守りでもあった」
「僕ら……倒しちゃったけど」
「そう。『見張り』がいなくなり『守り』もいなくなった。本当の危機はこれからだ」
「本当の……危機?」
「小鬼だ」
エルベルトは、まるで何者かがすぐ訪ねてくるかのように、窓から外をながめた。
◇
窓際に座るエルベルトが、弓を改造した竪琴を手に、外をながめている。
マルコは、本題を切り出した。
「セバスティアンさんは、なんで亡くなったの?」
そう発したとたん、エルベルトが苦悶の表情を浮かべたので、マルコは驚いた。
エルベルトは、うつむく。
「私のせいだ……。
彼は、森におよぼすマリスの毒を調べたが彼自身が誘われてしまった。
私はそれに、気づいてやることができなかった」
あまりにつらそうなエルベルトの姿を見て、マルコもいたたまれない気持ちになる。
エルベルトはそれでも、耐えるように、続けた。
「ある時、戻らなくなったセバスティアンをアルフォンスと私で探した。
あいつの案内で、森を越えた枯れ川の洞窟へ行き、亡骸を見つけた。
なぜ、アルフォンスがその洞窟を知っていたのか、私にはわからない。
セバスティアンは小鬼どもにやられ、あの美丈夫がひどい有り様だった。
私たちはできるだけ綺麗にして、村の父親に引き渡した」
マルコは、下を向き一言も発することができなかった。
語り終えたエルベルトは、うつろな目で革鎧を見つめる。
「あの父親は……鎧をなおしたんだな」
反射的にマルコが顔を上げる。
「え? どういうこと?」
「私たちが、あの太った父親に引き渡した時、鎧はバラバラに壊れていた。
彼は言った。
『こんな姿、女たちには見せられない。壊れた鎧だけ見せて、納得してもらおう』と」
それを聞いたマルコの脳裏に、これまで観たような、また、観てないような光景がまたたく––––。
◇
森を一緒に歩いた時、ふり返ると、肩を小さくして鎧の背中を見つめていたシェリー。
玄関で見送る時、鎧に目を落とし、ついに何も言えないままだったソフィア。
大宴会で、マルコが暖炉の前で目を覚ました時。泣きながら喜ぶ二人の笑顔。
訓練で、木刀を小盾に打ち込むと、不敵な笑みから目をうるませたポンペオ。
シェリーとソフィアが、絶望した表情で、バラバラの革鎧を見下ろしている。
ソフィアは顔を手でおおい、ポンペオがその肩を抱く。
体と手足が草色の、妖精があらわれる。
逆立ち燃え上がる桃色の髪が、一陣の風で吹き上がる。
すると力強い瞳が開き、こちらを真っすぐに見て言った。
「ぜったい、《《しなないでね》》––––」
◇
一つの答えを見つけ、一つの謎が解けた気がした。
それは決して霧が晴れるようなものではなく、むしろ霧の中に留めた方が良かったのかもしれない。
マルコは、やり切れない気持ちになった。
疲れが限界だったマルコは、エルベルトにおやすみを言って、眠ることにした。
「ベッドを使え」と彼が言ってくれたので、その言葉に甘えた。
彼はまだ眠らず、竪琴を弾きはじめたようだが確かではない。
瞼を閉じる時、マルコはまたあの妖精に会えることを願った。
だがそれも確かめようもなく、あっという間に眠りの闇に落ちていった。