11 謎かけ
翌日。
麦わら帽子をかぶる治療師が招かれた。
彼は、マルコの脚の包帯と、薬草の湿布を外すと驚いた。
「……はれ? もうだいぶ治っとるな!」
その後、ソフィアとひそひそ話したが、「畑仕事があるから」と言ってそそくさと帰っていった。
夫人は不思議そうにマルコを見つめる。「治療師さんが言うなら」と、外出の許可をくれた。
シェリーとポンペオは、村の人と、夜明けから市場へ出かけて留守だ。
とりたててやる事もなく、手持ちぶさたになったマルコは、鍛冶屋のスミス老に装備を手入れしてもらうことに決めた。
昼には少し早かったので、ソフィアが笹の葉で巻いたご飯の弁当を持たせてくれた。
◇
天にふりかぶった細い腕が、力強く下ろされる。正確に鋲が打ち込まれていく。
小盾に付けた鉄板が丁寧に打ち付けられ、形が整う。
納得いったようにスミス老は破顔し、マルコにそれを手渡した。
「ほい! 鉄付小盾。
うまく使えば、猪豚もかわせるじゃろ」
そう言って工具の小槌で肩をたたき、椅子で一休みする。
「ありがとう」とマルコは受け取ったが、心ここにあらず。
膝においた、新しい鉄付小盾をぼんやりとながめた。
スミス老は、そんなマルコの様子をうかがう。
「何やら心配ごとかの?」
ためらったあと、マルコは上目づかいに聞いた。
「シェリーのお兄さん、歌う小熊亭の息子さんって、どんな人だったんですか?」
「なるほどのぉ」とスミス老はつぶやくと淡々と答える。
「あんたも、わからんで辛いわなぁ。
ここらのもんは、死んだ人間の話を、忌み嫌うからのぉ」
「……なんで?」
「習慣じゃのぉ……だけんど、あんた、外国人だしのぉ。わしの独り言を聞いてもそう害はないわなぁ」
言うとマルコに背を向け、作業場の屑を掃除しながら、一人語りをはじめた。
「あいつは、ほんにクソガキで。
悪戯が過ぎてのぉ……。
だけんど狩人になってからはええ男でなぁ森の神さん、連れてったんかのぉ」
なかなか聞きたいことが出てこない話に、思わずマルコが口をはさむ。
「あの! 息子さんって、狩りの腕はどうだったの? 森との関わりとか……」
とたんスミス老は押し黙り、ちらりとマルコを横目で見る。
「はて? 何か声が聞こえたかのぉ?」と白々しい。
老人の語りは続く。
「狩りの腕は、堅実だったのぉ。
一度森に入ると、必ず一匹とって帰る。
だけんど、森に魅入られてしもうて。
『見張り』がどうとか言うて、村の反対も聞かず、仕舞いには森に小屋まで建ててのぉ」
喉まで出かかった「森の小屋?」という驚きの一言を、マルコはなんとか飲み込む。
彼は肩をゆらし、続きを待った。
「森であいつは、何しとったんじゃろう?
その小屋に行きゃあ、何かわかるんかもしれんがのぉ……。
まぁ森の奥まで小屋なんざ探しに行った日にゃあ、こっちが『主』の獲物になるだけじゃろうて」
笑ってスミス老がふり返ると、さっきまでいたマルコの姿は消えて、座っていた椅子だけがあった。
◇
日は傾き、通い慣れた壊れた柵をくぐりながら、マルコは考える。
森のあの岩場で、決まってシェリーが、「ここから先はダメ」と引き返した。
きっと彼女のお兄さんの小屋は、あの岩場の先にあるんじゃないだろうか。
マルコは一人で、森に入ることにした。
◇
日暮れた森には、体を芯から冷やす寒さがたまる。
奥まで幾重も重なる樹木は、まるで侵入者から巧妙に秘密を隠すようだった。
耳が異様に研ぎ澄まされて、フクロウや虫が間近で鳴く。
地面を這いずる、生き物の音もする。
マルコは急ぎ足で暗い森をかき分け、なんでこうなったのか、必死に考えた––––。
◇
森に入った時は、久しぶりに一人の解放感を楽しんだ。
見覚えがある草むらで、足の向くまま森の散歩を味わう。
気楽に歩いていると、静けさと森の新鮮な空気のせいか、頭の中が澄み渡る。
余計なことに、この地に来てから数日の、様々な疑問が頭をよぎった。
今朝、ソフィアが玄関で見送る時。
彼女はマルコの手を握りしめ、なかなか離さなかった。
何か言いたげにこちらを見るが、瞳は下を向いて、待っても言葉は出てこない。
「じゃあ、行ってきます」とマルコが言うと笑顔で何度もうなづく。
彼女は背中を見せると、玄関の奥の暗がりへと消えて行った。
「夕べのあの宴会は何だったんだろう?」とマルコは不思議だった。
「やっぱり文化が違う人たちなんだなぁ」
シダの緑をかき分け、マルコは独り、くすりと笑う。
少し野蛮に思うあれこれが、今だとなぜか興味深い。
ふと、口に出た。
「ポンペオは、どうして狂戦士の南方剣術を会得しているんだろう?
村で誰かに教わったのかな。
そもそも、狂戦士って何だ?」
マルコの記憶が確かなのは、山の上のアルの小屋から。
あれからもう、随分とたった気がした。
しかし、まだ十日もたっていない事に気づき、彼は驚く。
感慨に浸り、森の奥の見慣れない木々や岩場を過ぎて、そのまま歩む。
アルと運んだ荷車は、今は歌う子熊亭の中庭に置いてある。
「あれはなぜ戦車なんだろう? 昔、誰かが戦いに使っていたのかな」とマルコの疑問はやまない。
小屋の井戸で水を飲む前、彼の頭はぼんやりして、体はふらふらしていた。
目にする景色が定まらず、風景が重なった。
「ふり返って山を見た時一瞬だけ、頂にいくつもの砦や旗、城が見えた気がする。
あれは、何だったんだ?」
ふとマルコが顔を上げると、空は赤色を過ぎて、青黒くなっていた。
見渡すと、はじめて目にする森にいて、木々が黒々とした影をおとす。
彼は、吐き気がした。
「しまった」と心でつぶやくと、踵を返し、来た道を戻りはじめた。