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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
1.南のはしっこの森
11/204

9 はずれ森での危機

「キャーーーーー!」


 はずれ森に響く、シェリーの悲鳴。


 マルコは、足をすくわれ宙返り。地面を上に木漏れ日を下に目が回る。

 そんな中、頭には雑念ざつねんが、走馬灯のように駆け巡った––––。


     ◇


 あれから五日は過ぎるのに、アルは戻ってこなかった。

 なのでマルコは、あの日に聞いた善意の石や悪意の石といったことが、現実でなく夢のように思いはじめている。


 夢といえば、夜、マルコはアルを思い出す。数日会ってないだけなのに、なつかしい。

 そしてなぜか、耳元でアルが何か唱える声が聞こえる気がした。だがそのまま寝入ってしまい、朝には忘れた。


 朝起きると剣の訓練。

 午後には決まって狩りに出かける。

 小熊亭の食卓で、マルコはわけを話す。


「アルにも、美味おいしいお肉を食べてもらわないと」


 だが実は、シェリーと一緒に過ごしたいだけだったのだ。


 狩りの成果は日によって違う。

 無い時もあれば一羽の時も。

 だけど毎日が安心できる繰り返し。

 決まった場所と決まった場所を行き交うこの感覚は、彼にひどく染み付いている。


「……以前の記憶?」


 と、ここでマルコの意識はさめた––––。


     ◇


「あたたたた……」


 マルコが地面から体を起こすと、激突した猪豚いのぶたが足をバタつかせている。


 その獣は、毛は茶色のイノシシで、口から危険な牙が二本飛び出す。

 ただ年寄りなのか、牙はどちらもけずれて丸い。

 もしあれがとがっていたらと思うと、マルコはぞっとした。


「マルコ! 大丈夫? このっ」


 風を切る音がして、シェリーの矢が猪豚いのぶたのお尻に刺さる。

 だが尻をぶるっと震わせて、猪豚いのぶたは平然と長い鼻をフゴフゴ鳴らす。

 シェリーが草むらから叫んだ。


「こいつ! あぶらがのって矢が効かない!」


 マルコは、猪豚いのぶたのお尻をながめる。

あぶら……? 美味おいしい部分か」とまたも気が散りそうになった。

 だが首をふり、狩りの最中だと、やっと思い出す。


 なんとか右脚で立ち上がったマルコは、左足がぶらんとして、ろくに力が入らない事に気づいた。

 次の突撃は、左にはよけられそうもない。

 ひづめを地面にこする猪豚いのぶたは低く、南方剣術の攻撃も難しそうだった。


 フゴ? フゴッ? ブヒイイいーッ!


 突然、猪豚いのぶたが騒ぎ、辺りを見回す。


「痛くなって怒ってるのかな? シェリーが狙われると厄介だ」とマルコは思う。 

 彼は、スミス老にいでもらい格段に切れ味が鋭くなった剣を、静かに抜いた。

 左の鉄の肩当てに剣先をあて、甲高かんだかい音を鳴らしてみる。


 チーン、チン……。


 猪豚いのぶたがこちらを向く。苛立いらだつように、ひづめをこすりはじめた。


 ブヒイーーーーーッ!


 猪豚いのぶたは風のように早く丸太のように重々(おもおも)しく、マルコを吹っ飛ばそうと一直線にせまる。


 体を左に、マルコは突進を誘導する。

 牙の先が刺さる寸前、体を横に、猪豚いのぶたに張り付き剣を突く!


 深々と貫いた刀身に、マルコはすかさず小盾バックラーをあてた。


 身体からだを引きずるもの凄いあつが、剣を通して伝わってくる。

 彼の右膝は地面とこすれて服は破れ、左足はおかしな角度に曲がる。


 たとえようもない激痛で目がくらむ。

 剣を手離さないことだけを考え、マルコは意識を強くもった。


 横腹に剣が刺さった猪豚いのぶたは、そのまま、マルコを中心に小さな円を描いて回る。

 マルコは剣を離さず、身体からだは回転。


 それでも剣が獣を裂き、あふれる血が、地面にきれいな円を描くころ、突撃の勢いはやっと止まった。


 シェリーが弓を放り投げ、駆けてくる。

 マルコは、何か叫ぶシェリーの顔を見たのを最後に、気を失った––––。


     ◇


 次にマルコの目が開いた時。

 幸せそうな、目尻の下がった猪豚いのぶたの顔が目の前にあった。


「マルコ気づいた! 大丈夫? もうすぐ家だから、がんばって、がんばって……」


 朦朧もうろうとした意識の中、シェリーの泣く声をマルコは聞いた。

 彼は、担架たんかで運ばれていた。

 村の者は、獲物も一緒に運んでいる。


 視界に再び闇がおりてきて、マルコは猪豚いのぶたとぴったり添い寝させられていることに、「なんで?」と思う。


「シェリーはあんな風に泣くんだ」と、心でつぶやきながら、彼はまた気を失った––––。


     ◇


 三度みたび、マルコの意識がさめた時。

 ほおが暑すぎると感じて、彼は目を開く。

 体が動かせなかった。

 ゆれる椅子に座らされ、毛布でぐるぐる巻きになっている。

 首を回すと、小熊亭の大きな暖炉だんろが、そばでパチパチ燃え上がる。


「あつっ! ちかい。近すぎるから!」


 シェリーとソフィアが、マルコの顔をのぞき込む。泣き顔から笑顔になった。

 真っ赤な顔のポンペオが、こちらを見て大声でどなる。


「英雄! マルコのお目覚めだ。

 みんな! ちゃあんと生きてるぞー!」


     ◇


 雪壁山脈の南。

 山のふもとにある、端村はしむらの夜。

 歌う小熊亭には、煌々《こうこう》と明かりがともり、窓からあふれんばかりの大歓声が響き渡った。


「いったい何人いるんだろう?」と目を丸くするマルコに、ソフィアが語る。


「治療師さんのお話によるとね、ウッ!

 命には全く……別条はないんですって! ああぁ。

 でもね。脚をやられて! ウッ。

 冷やすのと、動かすのが……ズズッ!

 一番、良くないそうなのよ!」


 そう言ってソフィアは泣き崩れ、シェリーと抱き合った。


 マルコは叫んだ。


「わかった……わかったから。

 少し……少し暖炉だんろからはなしてーっ!」

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